2006年1月8日

何と測りがたい

ああ、神の知恵と知識との富は、何と底知れず深いことでしょう。そのさばきは、何
と知り尽くしがたく、その道は、何と測り知りがたいことでしょう。
ローマ 11:33

日本の人口増加が止まり、減少に向かったことをニュースで知りました。最近では
100歳まで生きる人の話を聞くことはそう珍しいことではなくなった感じがします。
けれども思いがけないことで、年増もいかない人たちが死ぬこともまた事実です。昨
年暮、私たちの神学校同級生の木村詔子元宣教師が召されました。「若すぎる」と思
いました。「どうして?」「何故?」と思うような死があります。しかし、人間の死
は非常に語ることも事実です。今から37年前、私は伝道者として主の召しの声を聞い
ておりましたが、決して直ちに立ち上がるというわけではありませんでした。現在浜
松きりスト教会で伝道するのは私の神学校の同級生でもある菊地和博牧師です。彼に
は弟さんがありました。「ありました」という過去形にせねばならないのは、すでに
召されているからです。私が主の召しの声を聞いている頃、この和博牧師の弟さんの
病の話を聞きました。ヨシヤさんという弟さんは手遅れのガンでした。和博牧師の父
上の隆之助師は当時まだ現役バリバリで、余命いくばくもない息子に思いをはせなが
ら、名古屋の天塚きりスト教会でもたれた東海聖会で、「息子は死ぬでしょう、しか
しなおクリスチャンには希望があるのです。死んでも生きるという希望があるので
す」と顔を真っ赤にしてお語りになったことを、昨日のことのように思い出すことが
できます。当時私は二十歳、彼はまだ二十一歳でした。私はその聖会から戻ると殆ど
同時に荷物をまとめ、主の召しの声に従うべく岐阜の田舎を出たのです。ヨシヤさん
は、ほどなくして召されました。若くても人間は死ぬのです。それは分からないので
す。ヨシヤさんは「イエスさまバンザイ」と言いつつ召されたと聞きます。こうして
隆之助師の説教のごとく、死んでも生きる信仰を持って、天国へ凱旋する人はよいの
ですが、多くの人々は永遠の命の希望なく生涯をとじます。私は「時がない、グズグ
ズしてはいられない。この希望の福音を語らねば」と思いました。
しかし親にとって、自分の子供が先に逝くということは、クリスチャンといえども言
葉にはあらわせない悲しみだろうと思います。実は、最近そういう訃報を知りまし
た。私どもの教会に、現在東京の中央聖書教会出身の家族がいまして、彼らからその
報をうかがったのです。中央聖書教会の牧師夫妻は、石原嘉宣・美智子先生ですが、
彼らの長女の真理子さんが召されたのです。私はその報を聞いて一瞬、「ガクッ」と
いう感じでした。「どうして?若すぎる」と思いました。何年か前に治療した乳ガン
が再発、別の臓器に転移したとうかがいました。
   私の真理子さんのイメージは、私が中央聖書学校に入ったのが1971年ですから
もう35年も前になりますが、それですから「マリちゃん」という感じなのです。当時
の神学生の石原嘉宣・美智子先生のお子さん達のイメージは、だれでも「マリチャ
ン、ノゾムクン、シンチャン」だったと思います。当時のマリちゃんはまだ中学生
だったでしょう。私は聖書学校の学生のとき、一年にわたってこの中央聖書教会でお
世話になりました。教会も同じですし、石原先生の家族が住んでいるのもキャンパス
内ですから、当然普段でもマリちゃんの顔を見ることがあります。私と石原先生は同
じ姓ですが、別に親戚関係ではありません。けれどもその当時のイシハラ・マリちゃ
んの、何かの折に自分の姓でもある私を「イシハラさーん」と呼ぶ大きな声を今でも
思い出すことができます。教会派遣は普通半年ですが、中央聖書教会には私が一年派
遣されたこと、石原先生家族がキャンパス内にお住まいだったこともあって、石原先
生夫妻だけでなく、そのお子さん達も皆懐かしく思い出されます。神学生はやがて卒
業していきますし、私自身は一時日本アッセンブリー教団から離れていましたし、そ
の後、アメリカに来てしまって長いので、本当にその後のマリちゃんのことは分かり
ませんでした。マリちゃんが召される前に、娘さんが病院で結婚式を挙げられたとも
聞きました。それは本当に良かったと思います。
   パウロは、冒頭のように申しましたが、ことに「何と測り知りがたいことで
しょう」というところに、思いがいきます。三浦綾子さんの名作『塩狩峠』の映画版
で、佐藤オリエさん扮する不二子が、「御心がなるって悲しいこともあるのですね」
と漏らすシーンがあります。不二子の婚約者、鉄道員の長野さんは結婚が決まって、
結納を入れるために名寄から札幌に向かう時、暴走した列車を止めるために自らの体
を、列車の車輪とレールの間に投げ出したのです。当然長野さんは死にました。不二
子さんの結核からの回復のために何年も待ったあとの結婚だったのです。それが一瞬
にして悲しみに変わりました。「ウーン、何と測り知りがたいことでしょう」 とう
なります。確かに神の御心は人には測り知れません。しかし、確かなことは、あの菊
地隆之助先生も説教なさったごとく、「クリスチャンには、死んでもなお生きるとう
いう希望があるのです」というメッセージです。また我々人間には、若すぎると思わ
れるマリちゃんの死も、永遠の神には、測り知りがたい神の計画があるはずです。
   ご遺族の皆さんに主の慰めがあるように祈ります。