2006年1月15日

『苦しみを共にする』 2テモテ1:15−2:8

1:15 あなたの知っているとおり、アジヤにいる人々はみな、私を離れて行きまし
た。その中には、フゲロとヘルモゲネがいます。1:16 オネシポロの家族を主があわ
れんでくださるように。彼はたびたび私を元気づけてくれ、また私が鎖につながれて
いることを恥とも思わず、1:17 ローマに着いたときには、熱心に私を捜して見つけ
出してくれたのです。1:18 ・・かの日には、主があわれみを彼に示してくださいま
すように。・・彼がエペソで、どれほど私に仕えてくれたかは、あなたが一番よく
知っています。
2:1 そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。2:2
多くの証人の前で私から聞いたことを、他の人にも教える力のある忠実な人たちにゆ
だねなさい。2:3 キリスト・イエスのりっぱな兵士として、私と苦しみをともにして
ください。2:4 兵役についていながら、日常生活のことに掛かり合っている者はだれ
もありません。それは徴募した者を喜ばせるためです。2:5 また、競技をするとき
も、規定に従って競技をしなければ栄冠を得ることはできません。2:6 労苦した農夫
こそ、まず第一に収穫の分け前にあずかるべきです。2:7 私が言っていることをよく
考えなさい。主はすべてのことについて、理解する力をあなたに必ず与えてください
ます。2:8 私の福音に言うとおり、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみが
えったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。


 2テモテからの3回目の説教です。
この2テモテという手紙は、おそらくAD67年頃に書かれていると思われます。そし
てパウロが殉教を遂げたのが恐らく68年頃、エルサレムが陥落したのが70年ですか
ら、本当にパウロの絶筆と言ってよいと思います。人間と言うものは、最期に臨む
と、目一杯のことを話すのではないでしょうか?「こういうことはまだちょっと話せ
ないなあ」ということでも、最期となれば、話さざるをえなくなると思うのです。人
間の生き方と言う点でも、つまり死ぬ時に一番語るのではないかと思います。そうい
う意味で、いかに死ぬかは非常に大切です。パウロの手紙を神の言葉と信じる私達
は、そこでパウロが何を語っているかを知ることは、私達がいかに生きて、いかに死
ぬかを知る上で大切なことではないかと思うのです。
 私など、生涯お医者さんの知り合いなどあるはずがないと思っていましたら、千葉の
牧師のK先生とお知り合いになったことで、医師の奥さまR先生とお知り合いにな
り、また医師を志している彼らの娘さんともお知り合いになり、この教会ではO先生
とお知り合いになり、先週、そのO先生のお友達のクリスチャン医師、Y先生ともお
知り合いになりました。これらのクリスチャン医師に共通していることは、おおよそ
この世のお医者さんが願うような、地位があり名誉があり、とりわけ高額の所得を得
て、いい暮らしをということを目標になさっていないということです。R先生の娘さ
んにうかがったのですが、彼女の医学生の友人が、「あなたはどうして医者を志した
の?」と尋ねたとき、彼女が「病気で苦しんでいる人を助けたい」という趣旨のこと
を答えたそうです。そうしたら、「エエッ、そんな高尚なことを考えて医者を目指し
ているの?」とその医学生は驚いたそうです。恐らく、その医学生には「地位と名誉
だけでなく、高額の収入」という思いがあったのでしょう。これらのお医者さん達、
並びにお医者さんto be は公立の医学部でトレーニングを受け、医者になるために自
前の元手(?)がかかっていない方達です。しかし公立の医学部卒で元手のかかって
いないお医者さんでも、普通のお医者さんの中には、「地位と名誉と、高額収入、こ
の世的な豊かな暮らし」という目的で生きている人もいるのです。
 ここで2:3に注目していただきたいのですが、ここでパウロは、「キリスト・イエス
のりっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください」と言います。信仰者とし
ての生き方として、このパウロの勧めについては考える必要があると思います。
アメリカとか日本は、恐らく地球上ではもっともお金持ちの国でありましょう。人々
は、それこそファンシーな、この世的には優雅な暮らしを求めることが出来ると言う
点では、最も望ましい国でありましょう。しかし信仰者の生き方としては、そうで
あってよいのでしょうか?この御言葉から、キリスト・イエスの立派な兵士は、信仰
の苦しみを共有する。ですから、そういう苦しみを共有するように生きるべきだとい
うことが言えないでしょうか。
 このシリーズが始まった時にも申し上げましたが、まず考えていただきたいのは、パ
ウロがどういう状態であるかということです。彼は信仰の故に、今、殉教の危機にあ
るのです。その彼が「キリスト・イエスの立派な兵士」と言いますが、立派な兵士と
はどういう意味があるのでしょう?彼が殉教の危機にあるのは、彼の純粋な信仰によ
ります。一体彼は何をしたのでしょう。それは純粋な信仰を伝えるという、つまり伝
道をしたのです。
 信仰の戦いというのは、自分が礼拝を守って信仰を維持するというのは、第一段階で
す。勿論、その信仰を維持するというだけでも、なかなか戦いです。この中には近い
将来日本に帰ろうとしている人もいますが、アメリカにいる時のように礼拝を守り続
けるということは、日本では非常に戦いです。キリシタンの人たちは、あの徳川幕府
の禁教下で、ほぼ完全に地下にもぐりました。そうして密かに礼拝をしていたようで
す。ただ明治の時代になって、出てきたキリシタンの人たちの信仰は、かなり変形し
ていたともいわれます。しかし礼拝を守り続けていたことと、その信仰を、少なくと
も子々孫々には伝えていた、つまり伝道していたということは驚くべきことです。
兵士というのは、戦う人です。パウロはテキストで「兵役についていながら、日常生
活のことに掛かり合っている者はだれもありません。それは徴募した者を喜ばせるた
めです」と言います。キリスト・イエスの兵士の最重要な戦いは、「あなたがたは
行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によって
バプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るよ
うに、彼らを教えなさい(マタイ28:19-20)」というグレイト・コミッションに応えることで
はありませんか。
 しかしこのタスクは同時に、非常に厳しく一般市民的幸福追求を遮断しなければなら
ない可能性が大きいのです。時々伝道者でも、この仕事は尊敬されるから、あるいは
いい暮らしが期待できるからというようなことを口にする人がおりますが、これは本
当ではないと思います。ことに伝道という仕事の場合は、しばしばこの世的には報わ
れない場合が多いのです。しかも伝道するということは、受け入れられる時はよいの
ですが、嫌われるリスクをはらんでいます。その極限は、テキストのパウロのように
殉教です。
 パウロは、それでも「苦しむ」ということを、何度も私たちに願っているように思え
ます。1:8でも、「福音のために私と苦しみをともにしてください」と言っていま
す。1:12 では「私はこのような苦しみにも会っています。しかし、私はそれを恥と
は思っていません」と、苦しむことが尊いことを教えています。また、2:9では「私
は、福音のために、苦しみを受け、犯罪者のようにつながれています。しかし、神の
ことばは、つながれてはいません」と、福音の力強さを述べています。
 イエスさまも、十字架に架かる前には、「あなたがたは、世にあっては患難がありま
す。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです(ヨハネ
16:33)」と、私たちの信仰生活が厳しいことを予見なさっていますし、それに勝つ
ことを勧めておられます。
 あなたは信仰生活において、苦しみということを考えたことがありますか?リスクが
考えられそうな時には、黙れば問題は起きないでしょう。しかしそれでは、キリスト
・イエスの立派な兵士と言えるでしょうか、あるいは「徴募した者を喜ばせる」こと
が出来るでしょうか?これは徴募なさったのはイエス様ですから、イエス様を喜ばせ
るということです。「見えない公同の教会」と、「見える地方教会」のところでも話
しましたが、「見える地方教会」を愛することが、「見えない公同の教会」を愛する
ことだと。
 パウロがこの手紙をテモテに送っている頃、イエス様は見えたでしょうか?見えませ
んでした。パウロはここで、「私と苦しみをともにしてください」と言います。原文
には「私と」はありませんが、これは「パウロとともに」というニュアンスがあるこ
とは言うまでもありません。
 しかしこの表現はかなりきつい要求です。パウロは一時はテント張りもやっていたく
らいですから(使徒18:3)、そう豊かであったはずがありません。経済的に貧しいな
どというものではなく、純粋な福音のために殉教するかもしれないパウロの苦しみを
共に分け合うということです。テキストでは、「あなたの知っているとおり、アジヤ
にいる人々はみな、私を離れて行きました。その中には、フゲロとヘルモゲネがいま
す」とあります。
 「正しい教理」から離れると言うふうに理解できなくもないが、これはむしろパウロ
自身から離れたという風に理解したほうがいいでしょう。一生懸命伝道し、その結果
捕まったが、裁判では怖くなったのかパウロを守るために証言もしないということが
あって、離れていった人がいたという意味でしょう。しかしそれでは「背教」でしょ
う。「フゲロとヘルモゲネ」という人は、明らかにそういう人たちだったのでしょう。
 私もパウロと同じように伝道者です。自分の働きがなかなか理解されなくて、離れて
いった人がいたという経験にあったこともあります。これは辛いことです。「共にす
る」ということは、その仕事がきついことですから、(それは死の危険すらある)な
かなか頼めることではありませんが、パウロは敢えて、「キリスト・イエスのりっぱ
な兵士として、私と苦しみをともにしてください」と言うのです。
 英語では Endure hardship なっています。これは「耐え忍ぶ」という意味でありま
す。結局信仰のある人、勝利する人は、耐え忍ぶ人だと思います。パウロはテモテに
「神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和
を熱心に求めなさい(1テモテ6:11)と言い、「あなたは、私の教え、行動、計画、
信仰、寛容、愛、忍耐に、・・・・よくついて来てくれました(2テモテ
3:10-11)」と忍耐の大切さを教えます。ところが最近人々の間からは、この資質が
失われている感じがします。自分の願ったようにならないとすぐに「切れる」「やめ
る」のですね。
 先週昨年の第4期の会計報告を準備しました。我々の教会の会計さんは、「もう会計
報告を見るのが怖い」と言っていました(笑)。どれ位の方々が、どの程度御存知か
分かりませんが、ことに昨年7月家内が仕事を辞めて専心伝道体制に入ってから教会
の会計は、常時火の車です。私たち夫婦は信仰によってこの危機は乗り切る自信はあ
ります。昨年、そういう大変な教会に、「小さいがゆえに」ということで、敢えて加わって
くださった荻原ファミリーには、本当に慰められています。
 多くの信徒にとって献金の教えはしばしばチャレンジですね。什一献金は祝福です。
しかし什一というのはほとんどベイシック献金と考えて下さったほうがよいと思いま
す。しかし、みながこのベイシックの献金を献げていて、こんな教会堂を持てると思
いますか? 私達のような小さな教会の場合、外からの応援献金がありますが、例え
ば私が昨年行きました東京の中央聖書教会は、近年新会堂を献堂しました。それは立
派な会堂です。総額ン億円でしょう。完成の時に、全部払い切ってデッツ・フリーで
す。これはみんな信徒達が献げたのです。「結婚式にと思って貯めていたけど、ジミ
婚にしますので、これ献げます」とか、「老後の貯えと思っていましたが、イエスさ
まに委ねて献げます」とか、「今年のボーナスは、信仰をもって全部献げます」と
か、「今年のヴァケーションは一回とりやめ、主に栄光を帰して献げます」とか、・
・・・これは什一献金であるはずがありません。そういう献金がなければ、ン億など
というファンドはとても出来ないでしょう。会堂建設と献金には、どこの場合でも隠
されたそういうエピソードがあるものです。これは海外宣教についても言えます。海
外宣教献金というのは、本当のこと、自分達への見返りを期待しない献金です。アッ
センブリーズ・オブ・ゴッドの強さは、この見返りを期待しない海外宣教にあると
いっても過言ではありません。現在私たちの教会員の献げる献金の大体5%が、海外
宣教のために送金されています。「什一を献げたから、あとは責任ない」というの
は、パリサイ人的な献金のしかたですね。
 しかし、私はこれからもどんなに教会が経済的に困難でも、献金の祝福を教えたり、
奨励することはあっても、皆さんに献金を強いることはしません。すべての献金は、
まったく信仰によって献げられるべきです。ただ、この困難を自分の困難と思って、
皆が共に戦ってくれるなら、私たちにはもっと喜ぶに違いありません。具体的にどう
するか? 小さな教会の礼拝であっても、なんとか礼拝を盛り上げるために集うのは
当然ですが、信仰に応じて自発的に精一杯の献金をすること、教会の会計のために懸
命に祈ること、そして祈り心をもって、キリストを証詞する(つまり伝道する)ことなどです。
 お医者さんという仕事は、人の命を扱うという重い責任の仕事の性質上、一般的には
平均よりは高い給料が得られる仕事でしょう。それを敢えて、高収入を目標にせず、
病気で苦しんでいる人を助けたいという意識で働くお医者さんは、病気の人と苦しみ
を共にしているのです。大体そういうお医者さんは、お医者さんにしてはそう裕福で
はないでしょう。喜んでそういうこの世的幸福を忍び、主にある幸福とか祝福を求め
ているのだろうと思います。
 「共に苦しむだなんてちょっと・・・・」と思わず、あなたも「キリスト・イエスの
りっぱな兵士として、私と苦しみをともにしてください」。聖霊様が、あなたの魂に
触れてくださることを期待します。
祈りましょう。