2006年1月22日
「敬虔に生きる 2テモテ3:1-13」
3:1 終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさい。
3:2
そのときに人々は、自分を愛する者、金を愛する者、大言壮語する者、不遜な
者、神をけがす者、両親に従わない者、感謝することを知らない者、汚れた者にな
り、
3:3
情け知らずの者、和解しない者、そしる者、節制のない者、粗暴な者、善を好ま
ない者になり、
3:4
裏切る者、向こう見ずな者、慢心する者、神よりも快楽を愛する者になり、
3:5
見えるところは敬虔であっても、その実を否定する者になるからです。こういう
人々を避けなさい。
3:6
こういう人々の中には、家々にはいり込み、愚かな女たちをたぶらかしている者
がいます。その女たちは、さまざまの情欲に引き回されて罪に罪を重ね、
3:7
いつも学んではいるが、いつになっても真理を知ることのできない者たちです。
3:8
また、こういう人々は、ちょうどヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、
真理に逆らうのです。彼らは知性の腐った、信仰の失格者です。
3:9
でも、彼らはもうこれ以上に進むことはできません。彼らの愚かさは、あのふた
りのばあいのように、すべての人にはっきりわかるからです。
3:10
しかし、あなたは、私の教え、行動、計画、信仰、寛容、愛、忍耐に、
3:11
またアンテオケ、イコニオム、ルステラで私にふりかかった迫害や苦難にも、
よくついて来てくれました。何というひどい迫害に私は耐えて来たことでしょう。し
かし、主はいっさいのことから私を救い出してくださいました。
3:12
確かに、キリスト・イエスにあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受
けます。
3:13
しかし、悪人や詐欺師たちは、だましたりだまされたりしながら、ますます悪
に落ちて行くのです。
最近日本における福音宣教の遅れについて考えるとき、どうしても徳川時代の260
年に及ぶ禁教政策を考えざるをえません。現在雑誌『ハーザー』に連載されている沖
縄の田中菊太郎先生の「キリシタン殉教史」にも取り上げられましたが、私の田舎の
家のある近くの岐阜県御嵩町でも随分のキリシタンたちが殉教しています。これだけ
多くのキリシタンが殉教し、これだけ長くキリスト教は危ないという考えが刷り込ま
れますと、いやがおうにもキリスト教には近づかないほうが無難という考えがわいて
くると思います。
1541年スペインからの最初のカトリックの宣教師フランシスコ・ザビエルが日本
にやって来ました。そして瞬く間にキリスト教信仰は広まって行きました。ことに九
州とかその周辺の島々には、今日もカトリック信仰が根強く残っています。長崎はそ
の中でも、その当時一番宣教が進んだ大きな町であったようです。ところが最初はキ
リシタンに寛容な政策を取っていた太閤秀吉は、キリシタンが国を乗っ取るという危
険を感じたのか次第に厳しい政策を取りはじめました。1597年、長崎で26人が
十字架により殉教の死を遂げます。徳川時代になって完全に禁教政策が取られまし
た。1613年、長崎郊外の有馬の地で、3人の婦人と2人の子供を含む8人が火あ
ぶりで殉教しました。1927年には、長崎郊外の雲仙で、合計26人のキリシタン
が、煮え湯をゆっくりゆっくりかけられて殺されると言う、残虐きわまる方法で殉教
しました。二年前、私たちもそこへ行きました。観光客がワイワイガヤガヤ言いなが
ら、その煮え湯で作ったゆで卵を食べていました。
日本が開国して、1864年に、フランス人の宣教師の手によって長崎にカトリック
教会が建てられました。その時、十人以上の隠れキリシタンが、そのミサに出てきた
と言われます。260年もの間、世代を超えてカトリック信仰を継承し続けていたよ
うです。けれどもその当時はまだ禁教下でしたから、彼らは捕らえられ、遠方へ移さ
れる、昔で言うなら「島流し」にされました。約4000人が流され、そのうち様々な方
法の拷問で、700人が殉教したと言われています。西側諸国は、新政府のこの方針
に強く抗議しました。それで遂に、日本でのキリシタン迫害が終ったのです。徳川26
0年の迫害下、約30万のキリシタンが殉教したと言われています。
戦後60年は、クリスチャンは信教の自由を享受いたしました。けれどもつい60年
前までは、つまり第二次大戦が終るまでは、日本のクリスチャンたちは様々な形で、
信仰的に苦労をしたのです。正直な話、その当時日本の教会は、日本の国策に従って
偶像に腰をかがめるというミスをいたしました。戦後、日本キリスト教団は、戦時下
における教団の罪の告白をいたしました。あの戦争に負けて、日本はやっと、信教の
自由を取り戻しました。しかしもう決して、徳川時代のような、あるいはその後の戦
時下のような、厳しい弾圧の時代はこないでしょうか?
最近日本では、靖国神社を宗教法人と切り離して特殊法人化し、天皇陛下も参拝でき
るようにするとか、今月の文芸春秋にも、三笠宮様の男系男子の皇位継承をねらっ
た、また皇室を中心とする国体が日本であるかのような、かなり踏み込んだ意見が掲
載されています。
キリスト教の歴史は血の歴史と言っても過言ではありません。しばしば話すようにア
メリカは日本や、その他の多くの国々のように国家的規模の迫害を経験していませ
ん。これは私たちアメリカに住んでいる者達には幸いなことですが、将来もこの状態
が続くかどうかは分かりません。世の中は、ますます邪悪になってまいります。しか
し神は、世の中がどれだけ邪悪になろうとも、クリスチャンは敬虔に生きることを望
んでおられます。何故ならそのように生きることが、信仰の戦いに、またどれだけ厳
しい迫害にも勝ち抜くことであるからです。
第一に、とにかくどんな時代でも敬虔に生きなさいということです。
1コリント15:33には「友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます」とあります
が、この邪悪な時代には、良い友達をもつことは敬虔に生きるために極めて大切で
す。それは人間というものは、友達とか周りにいる人からの影響を受け易いからで
す。ですから、周りに敬虔な人がいるなら、自分も敬虔に生きることになるでしょ
う。テキストが「こういう人々を避けなさい」というのは、そうやって不敬虔な人と
交わっていると、自分も不敬虔になるからでしょう。従ってその逆をいけば、すなわ
ち敬虔なよい友達を持てば、あなた自身も敬虔になれるでしょう。
テキストは「終わりの日には困難な時代がやって来ることをよく承知しておきなさ
い」と言います。私たちの生きている時代は、「終わりの日」であります。2節から
4節までは、今日私たちが生きているこの時代に、いたるところで見られる光景で
す。覚えていただきたいのは、これは何も未信者の世界の描写ではなく、8節に「こ
ういう人々は、ちょうどヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、真理に逆らう
のです。彼らは知性の腐った、信仰の失格者です」とあるように、一応信仰者として
知られている人たちのことでしょう。5節でも、「見えるところは敬虔であっても、
その実を否定する者になるからです。こういう人々を避けなさい」と言います。この
前の章、2:16−17では、「俗悪なむだ話を避けなさい。人々はそれによってま
すます不敬虔に深入りし、彼らの話は癌のように広がるのです。ヒメナオとピレトは
その仲間です」と教えています。
やってはいけないことはやってはいけないのです。敬虔に生きるためには、やっては
いけないことは避けることですね。勿論、私達は不敬虔な人々とは、決して付き合わ
ないということは出来ません。けれどもどれ位、心を許してお付き合いできるかとい
うことは、注意深く考える必要があると思います。教会へ行かないクリスチャンは、
礼拝出席を軽んじるでしょう。そういうクリスチャンを、礼拝に向かう方向で誘えば
いいのですが、サタンは実に巧妙で、何時しか自分も礼拝に出席しない人になってし
まうのですね。普通、特別理由もないのに礼拝に出席しないで、自称クリスチャンと
言う人は、敬虔な人とは呼ばないでしょう。
私はこれを教会の内部の話として話しています。パウロの時代ですら、そういう人達
がかなり問題でした。6-7節には、「こういう人々の中には、家々にはいり込み、
愚かな女たちをたぶらかしている者がいます。その女たちは、さまざまの情欲に引き
回されて罪に罪を重ね、いつも学んではいるが、いつになっても真理を知ることので
きない者たちです」とあります。教会の内部の人たちですら、こういう人たちがいる
のですから、教会の外にはもっと、気軽な不敬虔な人たちがいることでしょう。
二番目に何故そんなにしてまで、敬虔に生きることが必要かということです。敬虔に
生きるということは、迫害に耐えるということにつながるからです。パウロはテモテ
に、10-11節で「しかし、あなたは、私の教え、行動、計画、信仰、寛容、愛、
忍耐に、またアンテオケ、イコニオム、ルステラで私にふりかかった迫害や苦難に
も、よくついて来てくれました。何というひどい迫害に私は耐えて来たことでしょ
う。しかし、主はいっさいのことから私を救い出してくださいました」と言います。
NIVの翻訳は、「あなたは、私の教え、行動、計画、信仰、寛容、愛、忍耐を・・
・・・・・知っている」という風に訳していますが、これは新改訳の「よくついて来
てくれました」の方がいいですね。英語でも、NEBは新改訳のように訳していま
す。テモテはパウロについて行ったのです。パウロは、迫害に耐え、そして結果とし
ては殉教しました。こういう信仰を見ているテモテは、きっと同じような信仰を引き
継ぐでしょう。子供は親の背中を見て成長すると申しますが、あれは本当ですね。迫
害に耐え、殉教をも辞せなかった敬虔なクリスチャンたちは、しばしば名もない人た
ちでした。彼らには周りに敬虔で、死をも恐れない敬虔な友がいたのでしょう。
「そんな迫害なんて、もうないと思います」と言われますか?三番目に覚えていただ
きたいのは、迫害は来るということです。テキストは、「確かに、キリスト・イエス
にあって敬虔に生きようと願う者はみな、迫害を受けます」と言います。あなたが信
仰的に、敬虔に生きるなら、必ず迫害を敬虔するでしょう。
1999年に、コロラド州コロンバイン高校で、二人の高校生が銃で15人の生徒や
先生を殺害しました。この恐ろしい時間に、この高校生の一人が、少女に「お前はイ
エス・キリストの永遠の命を信じるか?」と尋ねました。その少女が「信じているわ」と
言ったとたん、その少女は撃たれたそうです。
多くの皆さんは映画『タイタニック』を観たでしょう?あの中で、信仰深い人たち、
経験な人たちが誰であったか、よく分かりますね。我先にと、人を押しのけてでも救
命ボートに飛び乗ろうとする人々と、「婦人、子供が先だ」という指導に従って、彼
らが乗りこむのを助けている人、「大丈夫、すぐにダディーも行くから、君が先に行
きなさい」という父親。
今の時代は、自由な意志で信仰を告白できますが、この時代でも邪悪な霊や、日
本的な霊の渦巻く日本などでは、なかなか「イエスはキリスト」と信仰を告白しづらい時
があります。しかし、そんな生易しいものではない、生死がかかっている時がありま
す。あなたの信仰を守ることそのものが厳しい時代が必ず来ます。その時はっきりと
信仰的決断をせねばならない時があります。絶対時とでも言いましょうか。そういう
時にでさえ、神はあなたに敬虔であるように願われます。不敬虔なこの世とは一線を
画するように願われます。これは信仰的なと申しますか、霊の戦いであります。敬虔
に生きる人が、この戦いに勝利するのです。あなたが何処までも敬虔に生きて、信仰
の勝利を取れるように祈ります。
祈りましょう。
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