2006年1月29日
「過疎地での伝道」
2月1日、日本から帰りました。今年の1月の日本行きは、行く前からだいぶ覚悟しておりました。寒いからです。予想通り到着した翌日、東京は雪で新幹線が遅れました。最初に向かったのが北陸で、勿論雪でした。岐阜の田舎では、雪はさほどではないのですが、氷点下9度という朝があり、帰米する二、三日前まで、毎朝氷点下でした。これも久しぶりの経験でした。さて、そういう気候の経験ではなく、もっと素晴らしい経験を紹介しましょう。
私の田舎は、岐阜県加茂郡富加町というところです。我が家のすぐ前には長良川の支流の津保川という川が流れています。四季折々のカラーがあり、四季折々の小鳥が囀ります。横浜出身の妻にはいつも、「田舎、田舎」と言っておりました。確かに田舎には違いありませんが,昨年東海環状線という高速道路が出来たばかりか、我が家から1キロも行かないところにインターチェンジが出来ました。今回それで豊川まで走りましたが、我が家を出てから2時間で豊川まで行きました。(高速料金2100円は痛いが)。そういうことで、わが富加町はもはや、そう田舎とは言えなくなったのです。それが証拠に、富加町の私の地区、川小牧では、50戸あるうちで、石原、佐藤、福田、岩村、平田以外の姓の人はよそ者でしたが、最近、家を建てて越してきた家が二戸あって、もはや過疎の町ではなくなったのです。おそらく高速道路の完成もあって、今後人口の増加すら考えられるのです。
私の故郷の富加町は、美濃加茂市と関市に挟まれている小さな町で、人口は6000人弱、勿論日本の多くの町村のごとく、教会がひとつもない自治体です。『平成の大合併』が全国で促進され、我が故郷は、美濃加茂市との合併も考えましたが、富加町は小さい上に借金があって、美濃加茂市に「お前達は要らない」と言われて仲間に入れてもらえなかったようです。
私は自分の田舎に教会が出来るなどということは、長い間、非常に可能性の少ないことだと考えていました。私がカヴェナント神学校時代に学んだ開拓の勉強では、人の動きに注目するように言われましたし、日本の場合は、不特定多数の人口が最低10万位いる町での開拓が望ましいなどと聞いた覚えがあります。もっともこれは私が日本のいた今から30年も前の話ですから、現在は状況が代わっているでしょう。例えば当時は、「駅から歩いて5分以内のところが望ましい」などと聞いたことがありますが、近年では日本の大都市でも、ちょっと郊外なら、駐車がしやすい場所、理想的には駐車場を持っていることが有利なことは言うまでもありません。
さてそう言うわけで、日本では過疎地で開拓することは難しいと考えておりましたが、今回ある小さな町の教会を訪問して、これまでの固定観念がすっかり変わりました。それは日本の本州でもずいぶん田舎にある、Nキリスト教会です。T牧師先生ご夫妻が、これまで伝道してきたKという町は人口7千の小さな町でしたが、最近となり町に吸収合併されました。しかしそれでも、たった人口2万2千です。こういう小さな町での開拓伝道は、仮に出来たとしても信徒は増えず、担当の伝道者は長く、厳しい生活を強いられると私は考えていました。私など、サンホゼで伝道していて、不特定多数といえば、サンホゼの日本人人口は、日本の殆どの町々より少ないのだから、教会が振るわなくても仕方が無いと、半ば諦め気味でした。しかしこのNキリスト教会に行ったら、人口が2万2千人いたら、2万2千人の教会が出来るという風に考えられるようになりました。もっとも、いくつかの群れがありますから、それらの教会で信徒を分け合いますから、2万2千人の群れと言うことはないでしょうが。
教会が大きくなる要素として、牧師が音楽が出来るとか、教会にそういうタラントのある人がいるとか、人をひきつける何かを持っていることが挙げられますが、担当のT先生夫妻は、特に音楽の素養はありません。御主人などは、車も運転なさいません。しかし一番の強みは、トラさんではないですが、「ジミチなこつこつとやる伝道」と、「そういう伝道に人々を向けさせる教育」の賜物ではないかと感じました。
地域の霊を断ち切る伝道というのも感動しました。お寺とのつながりを完全に断ち切らないと、勝利できないと考えて、立派な教会墓地を建設し、お寺にあった信徒の祖先の墓もそっくり教会に移転させるなど、実に力強い霊の戦いを展開しています。T先生の奥様が、このK町出身であったということも、地域に根ざしたジミチな伝道を可能にしていると思います。
私はこの伝道を垣間見、私の田舎でも教会建設は可能だと正直思いました。日本の人口の1%しかクリスチャンになりえないというのは信仰でしょうか?岐阜県の場合、人口比ですと、ぐっと下がって0.56%くらいしかクリスチャンではないそうです。私の田舎ではおそらく、その0.56%すらも下回るでしょう。しかしそれがどうなのでしょう。人口7千のK町に今から約22年前、彼らが開拓を開始した時には、「ここに教会を」と願う、ほんの数人がいただけです。それが今では、立派な会堂に牧師館、約100人の会衆を集める礼拝をもつ教会へと発展しているのです。
人口の1%というのは、日本では何か信仰のように捉えられている感じがします。邪悪な霊を断ち切り、家族単位の救いを求めていけば、仮に5%がクリスチャンになっても、例えば私の町、富加町では300人の会員を持つ教会が出来るのです。サンホゼに、5000人からの日本語を話す人がいるなら、250人の会員を持つ教会が可能です。これが、かつてチョウ先生の言っていた10%の救いでしたらどうでしょ
う。500人からのクリスチャンができるはずです。
Nキリスト教会の昨年度の受洗者19名というのは、あの田舎町の教会ということを考えれば脅威の数です。組織に勢いというものを感じました。アチコチに大きなセミナーがあるようですが、私にとってはそういう伝道のセミナーより、ウーンと実際的な学びをさせていただいた感じがします。
(この教会のことをもっと詳しくお知りになりたい方は、連絡ください。
abeishihara@hotmail.com)
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