2006年4月2日

「Lovology」

  3月31日は、私たち夫婦にとっての31回目の結婚記念日でした。日本に比してアメリカにあっては、結婚記念日というのはより特別な日で、米国アッセンブリー教団北カリフォルニア・ネヴァダ教区に属する私は、教区理事長からの直筆サイン入りのお祝いの手紙を受け取りました。何故結婚記念日が意義深い日であるかは、昨今のアメリカの結婚状況を見れば余計に明らかでしょう。カリフォルニアでは、結婚してもまず半分は離婚に終ります。「死が二人を分かつ時まで・・・」などという結婚式の誓約は、悲しいかな、クリスチャンの結婚であってもほとんど死文になっているケースが多いというのが現状です。私は時々、「今日の人たちにとって、結婚を上手に維持するということは、最早アート(Art)だ」というような表現を使います。本当にそういう感じがします。何故なら、まず一緒に生活するだけでもなかなか大変なのに、本当に素晴らしい結婚生活というのは、その夫婦の関係を円満に保たなければならないからです。形の上では夫婦ですが、すっかり心が離れてしまっている夫婦関係というものや、一方の信じがたい忍耐の上に維持されている結婚関係というのは、とても成功した夫婦関係だとは言えないでしょう。しかもその夫婦の円満さを保つ秘訣が、お金や、地位や、名誉などであってはならないのです。と言うのは「金の切れ目が、縁の切れ目」と言うことは、現実としてよくある話だからです。

   私達夫婦はしばらく前に、パシフィック・グローブという町に別荘も持っているある日系人に招かれて、行ったことがあります。太平洋が眼前に広がるゴージャスな眺望で、最新式の設備を備えた素晴らしい新築の別荘でした。その時その方は、「私達には子供が三人おり、一人は内科医、一人は歯科医、一人は警察官と全部自立し、十分な貯えもありますし、これまでは本当にいい人生だったと思います」と自慢げに言われました。ただ、その夫人は日本の某新興宗教に凝っている方で、家族には一人としてキリスト教の信仰者はいませんでした。キリスト教の「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません(ヘブル11:6)」という価値観からいうなら、いくら素晴らしく見える結婚生活でも、イエス・キリストに対する信仰なしでは、素晴らしいとは言えないのです。

  今から31年前の、3月31日は、イースター明けでした。私達は東京で結婚式をあげて、車で、岐阜県の美濃加茂市まで、三日間かけて戻りました。それが新婚旅行でした。これがまた、本当に楽しい新婚旅行でした。またいつか書きましょう。

  妻は三人の兄がいる末っ子で、育つ時は、ことに父親から随分可愛がられて育った人でした。そういう娘と結婚する相手が、美濃の山ザルと言うか、未信者である妻の両親サイドから見たら、私などはかけ出しの伝道者というだけで、当時は食わせていける仕事もなかった男でしたから、相当複雑な思いではなかったかと思います。特に父親の方は、おとなしい人ですが心の内は、さだまさしさんの歌の『親父の一番長い日』の最後部分、「わかった娘はくれてやる。そのかわり奪っていく君を、君を殴らせろと言った」という気持ちではなかったかと思います。

  事実、私達は結婚式後、当時岐阜県美濃加茂市で開拓伝道をするという方針でしたが、収入の見通しは何もありませんでした。つまり経済的な件に関しては、人様にイエス・キリストの救いを伝えるために伝道する費用は言うまでもなく、自分達の生活をきりもりしていく見通しさえもありませんでした。そうして事前にもらったお祝いとかを集めてすでに借りてあった、月一万五千円という当時で考えても、ウルトラの安アパートに入ってから、結婚後の生活を考え始めたのです。開拓伝道をしようとしていたのですから、伝道のため時間も割かねばなりません。生活のために、お金が必要なことは、言うまでもありません。長い話を短くしますと、私は新聞配達をし、妻の充江は名古屋にあった天塚キリスト教会の幼稚園で職を得て、そこの職員として働き、生活し出したのです。

  この31年、よくもまあ背面飛び、超低空飛行、滑り込み、薄氷を踏む思い、という表現が当たっている生活をしてきたことだと思います。それでいて私たち夫婦は、うまくいっている夫婦だと思います。しかもアベレージの夫婦よりかなり上をいって上手くいっていると思います。それで私は、この文を書き出しとして、近い将来に、『ラヴォロジー(Lovology)』という本を出したいと思っています。言うまでもなくLovology とは、Love と Logos が一緒になってできた私の造語です。クリスチャンだと言っても、「素晴らしい結婚生活には、多少オフザケがあったほうがいい」と私は思っています。結婚生活が楽しいからです。因みにLovology という語は、私たちの教会の若い人たちに、私が恋愛論を語る時に、私の専門のセオロギー(Theology, これは「セオス」、すなわち「神」と、「ロゴス」すなわち「言葉」、両方ともギリシャ語、が語源)にひっかけて作った語です。若い大学生に対して、私が恋愛論を講義しだすと、彼らは「ワー、また石原先生のラヴォロジーが始まった」とキャー、キャー叫ぶのでした。

  もちろんお金や、地位や名誉、またこの世的ないい暮らしは、素晴らしい結婚生活を保障しないという前提で書くつもりです。一方、貧しくても、地位や、名誉が無くても、信仰と上からの知恵があれば、素晴らしい結婚生活が出来るということは、強調したいと思います。

  世の中には、もっと長く、素晴らしい結婚生活をしてきた人がいるでしょうから、私がそういうことを書くのは適切かどうかわかりませんが、少なく31年間の素晴らしい結婚生活の秘訣はシェアーできるでしょう。

  信仰者は、よく「信仰で」とか、「信仰があれば」と言いますが、そうかしこまらずに、結婚のパートナーというのは、信仰者である前に人間であることを覚える必要があると思います。素晴らしい結婚生活のためには、知恵が必要です。しかも上からの知恵ですね。この上からの知恵は、神からの知恵ですから、自我が砕けることで自分のものとなります。

  中には例外があるので、一概にとはいえません、しかし総じて素晴らしい結婚生活を送っているカップルの場合、女性は、大体優しい男性を期待し、男性は自分に甘えてくるような女性を期待すると思います。「甘える」という言葉がバカバカしいのなら、「頼ってくれる」と言う表現でもかまいません。「優しい」というのは、何でも好きなものを買ってくれるという意味ではありません。「何でも買ってくれる」が、「優しい」だと思っていると、買ってもらえなくなる時がくれば、愛は冷めることが多いですね。また言葉は「優しさ」のために非常に大きな力を発揮するということを知っておくとよいですね。神は、言葉で天地万物をお造りになったのです。「優しさ」は言葉で示すことができます。女性は、男性のほんの一言で、ものすごい優しさ感じることがあります。

  私の父は、「優しい」とか、「愛情」などという今日的なムードのない、後に戦争を経験した大正生まれですが、母が笑いながらある時こう言いました。「お父さんは、そういうムードのある人ではないし、しばしば大声を出すような乱暴な人だけど、明らかに私が失敗をした時、そして悲嘆にくれている時などは、いつも『そんなこともある。気にしなくていい』と言って、決して私を責めなかった。本当に、そういう時はお父さんが、優しい人だと思う」と言ったことがあります。

  私の育った両親の家は一時は養蚕農家でした。蚕は桑の葉を食べて成長します。今日の若い人は、振袖の生地である絹が何で出来ているのか知らない人もいるようです。あれは白いイモ虫のような蚕という昆虫の繭から出来るのです。さて、養蚕農家でも、他の農作物も作ります。そして他の農作物には消毒薬を使います。しかし消毒薬がかかった桑を蚕に食べさせると、蚕が死んでしまうので、桑畑のそばでは、普通は消毒薬を使いません。母がその距離を忘れて、桑畑のそばの別の農作物の畑で消毒薬を使って、それが桑の葉にかかったことがありました。噴霧器で消毒しますから、風の加減で消毒薬が飛ぶのですね。桑にまで消毒薬がかかったようには見えなかったのでしょう。ところがかかっていたのです。蚕は稚蚕と言って、初期の頃は非常に繊細ですから、ちょっとでも消毒薬がかかった桑の葉を食べると死んでしまいます。父親の性格からなら、「バッカヤロー、桑畑のところでは消毒薬など使わないのは常識だろー。俺たちの家は養蚕農家だぞ。もうこれで全収穫がパーになってしまったじゃないか」と怒鳴りあげられるのを想像するのですが、彼はそうではなかったのです。消毒薬を使ったのは自分だと、母は知っています。目の前には、死んでしまって動かない蚕がウヨウヨいます。そんな時に父は、母に、「人生には、いろんなことがある。まあそう気にしなくていい」 という風に言うタイプの人でした。しかも、それを重苦しくではなく、あたかも全く大したことがないかのように言うのです。

  正直な話、私はこういう風に母に言う父の態度には残念ながら負けることがあります。そういう風に、私の知っている父は、私たちの失敗も責めない人でした。「誰でも失敗はある」「大した問題じゃない。気にするな」こういう言葉は、高価な金のネックレスをくれる人より優しいですね。

  これと反対のケース、「君は僕が買ってやったあのダイヤをちりばめたネックレス、どこでなくしたんだ。あれは200万円もしたんだぞ。しまったなあ、だから昨日はあんないい物のをしていくべきじゃないと思ったんだ。もう、本当に君は、注意力がないんだから。本当に僕のことを愛しているんだったら、もうちょっと気を遣ってくれよ」  コリャモウ絶望的!

(いつか、どこかにつづく)