2006年7月2日

「光のママ」

最近教会のランチ・フェローシップは、『光のママ』のことで盛り上がります。このe-mail blessings は、カリフォルニアの星教会になじみの薄い方もおりますのでちょっと説明しますが、『光のママ』と言うのは、最近リバイバル新聞に掲載されだした4コマ・マンガのタイトルです。そしてそのマンガを描いているが、私たちの教会のメンバーMさんで。「こぐま杏」というのはペン・ネームです。杏さん夫妻には、ヒカリちゃんという女の子がいまして、そのママとは、マンガでは、「ミヤビ・ママ」、つまり自分のことです。もっとも自分自身ももっと信仰深い、光のママになるという目標にひっかけてもいます。
  
何故盛り上がるのかと申しますと、このマンガに出てくるキャラクターの特徴が、我々の教会の一人一人に実によく似ているからです。こぐま杏さんは、日本の『まんがライフ』という一般の月間マンガ雑誌にも連載を持っているプロのマンガ家ですから当然と言えば当然ですが、あれだけ少ない線で、これは誰ということがまず殆どの人たちに分かるから大したものです。そのしぐさの特徴も非常によく捉えています。
  
4月30日号では、@「絵を描くのが好きだった」のがコグマ杏さんで、A「料理が得意だった」のが私の妻で、そのあとB「若い頃からギターを弾いていた」のが私ということですが、その風采が何とも懐かしいロング・ヘヤー(私はビートルズが大好きでした)で、四コマ目でギターを弾いている姿は、すっかり髪が薄くなった私です。杏さんはいささか牧師の私に気を遣って、てっぺんの方にもまだ多少あるように描いてくれていますが、これは自分の牧師へのいたわりでしょう。ただ杏さんとの付き合いは、彼女が16歳の時からですからもう17年にもなりますし、初めて会った時は、さすがの私も現在のマンガに出てくるようには薄くなかったと思います。
 
その4月23日号・・・・マナブ・パパを見てて思うこと・・・(これは御主人で未信者です。)・・・@「さっ、ヒカルちゃん歯みがくよ」・・・(寝かせる前の世話をしている)。・・・・・A私より気が長いし・・・「いーやだよ」(とぐずるヒカルちゃんを、ニコニコしながら、「暴れてもダメだよ」(と言いながら歯みがきをさせている。)・・・B私より思いやりがある・・・・(ミヤビ・ママが家事をしている所へ来て)・・・(マナブ・パパが)「ママ、いつも家の事してくれてありがとう」と言っている。彼は事実優しい。・・・・そして、Cミヤビ・ママは「そんな彼が私を見ても、クリスチャンになりたいだなんて思わないだろーなー」と言い、「がんばろ!」という落ちが付く。
  
確かにイエス様は、「あなたがたは、地の塩です」と言われ、「あなたがたは、世界の光です」と言われました(マタイ5:13-14)。私どもは口の言葉、心の思い、その行動がキリストを証詞するようなものであるべきでしょう。しかししばしば未信者の方達の方が立派に見えることがあります。けれどもどれだけ未信者の方達が人間的に立派でも、未信者には絶対ないものをミヤビ・ママは持っていることについて、もっと誇りを持ってよいと思います。それは言うまでもなく信仰です。イエス様は、「天の御国は、良い真珠を捜している商人のようなものです。すばらしい値うちの真珠を一つ見つけた者は、行って持ち物を全部売り払ってそれを買ってしまいます(マタイ13:45-46)」と言われました。
  
実は先にも記しましたが、私は杏さんを16歳の高校生の時から知っています。高校生の時は私がスポンサーをしていましたし、一時は我が家に滞在していたこともあり、我が家の子供たちとも一緒に生活しましたので、余計に近しい感じがします。あの頃カリフォルニアの星教会には、沢山の高校生や大学生がおりましたが、殆どが帰国しました。そして今日日本のどこかの教会に通い続けている人というと、残念ですが、随分限られた人になってしまいます。またカリフォルニアの星教会のフィロソフィーはどちらかと言うと日本の教会に近いですから、自由が好きだという人なら、アメリカにはもっと自由な教会もあって、そちらに替わることも出来たでしょう。しかし、杏さんは、もう17年もカリフォルニアの星教会に集い続けています。辛いときや、自分自身が弱い時もあったでしょう。しかし、決して切れたタコのように離れてしまって、もう戻ってこないということはなかった。実は、本当の信仰と言うものはそういうものです。人から何と言われようとも、どんな試練n遭おうと、最終的にはイエス様を見上げて戻って来て続けるものです。それはその魂の中に、イエス様がおられないと出来ないものです。そして私たち人間にとって、決定的に大切なことは、その魂の中に、イエス様がおいでになるかどうかということなのです。杏さんは、なんであれ、その魂のうちに、イエス様をもっています。

例えば結婚したい男性が二人いて、一人はものすごいハンサム、もう一人は醜男だったとします。ところがハンサムのほうはマネキン、醜男の方は生きている人間だとしたら、あなたならどうします? マネキンと結婚したいですか? イエス様を心に内に持っているということは、命をもっているかどうかなのです。「へぼ将棋、玉より飛車を可愛がり」という格言があります。飛車は強力な駒ですが玉より大事にしてはいけません。玉が詰まされたら負けてしまいます。我々の人生では、イエス様にある信仰が玉です。

杏さんは、父上が物理学者でコンピューターに詳しかったこともあって、彼女自身もコンピューターを使うことは随分早かった。それに小さい頃から絵やデザインが好きで、フォトショップなどの高度なソフトを随分前から使っていました。この杏さんが、アドビというソフトの会社に正社員として採用された時、私も本当に喜びました。しかし昨年レイオフされたことは、これまで本当にやりたかったマンガを描くという道を開きました。一般雑誌にマンガを描き出したころ、リバイバル新聞の話があって、リバイバル新聞でも採用されました。約一年の休みのあと、最近、またアドビから、「戻ってきてくれ」と言われて、現在はアドビでも働いています。

私たちの祈りは、いつまで続けられるか分かりませんが、杏さんがリバイバル新聞にこの『光のママ』を描いているうちに、マナブ・パパが、ミヤビ・ママの内にあるイエス様を知ってくれることです。