2006年7月9日

「死刑台のメロディー」

と言っても、若い人たちには分からないでしょうが、これは1970年度のフランス・イタリヤ製作の映画のタイトルです。実は、この映画を解説するためにこれを書いているのではありません。実は今週もe-mail blessings の配信が随分遅れました。その理由のひとつは、私が陪審員に選ばれるかもしれなかったからです。

  ご存知と思いますが、アメリカの裁判は陪臣制度ですから、ある事件で被告が、有罪であるか無罪であるかを決めるのは裁判官ではなく、市民の陪審員です。この陪審員というのはアメリカ市民の場合、無作為抽出で、郵便で召喚状が届きますから、それを受け取ったら相当な理由がないとエクスキューズ出来ません。実は私は何年か前に一度召喚されました。その時は、私の牧師であるというポジションが理由でか、あるいは私の事件に関する考え方を知ってか、検察側が忌避しました。つまり「あなたはこの裁判を公平に判断しないだろうからダメだ」といって、12人の陪臣候補者の中から除外したのです。

  「今回はどうかな」と思いました。どうせなら一度陪審員も経験してみたかったので、多少選ばれることを期待しながらダウンタウンの裁判所に行きました。12人を選ぶのですが、弁護側も検察側も忌避する権利がありますから、取りあえず予備も含めて21人が陪臣席に座らされました。私の場合、もうこの段階で、選ばれる可能性は殆どゼロでした。何故なら最短でも22番目になるわけですから。それでも、途中で帰るわけにはいきません。被告席のほうを見て、ある意味では本当に陪審員になれたらよかったと思いましたし、一方では、やはりこの裁判の陪審員にはならない方がいいだろうと思いました。その理由が表題の『死刑台のメロディー』なのです。

  金曜に陪審員の予備審査の時に、すぐに被告が外国人だとわかりました。英語の出来ない人で、通訳がついておりました。オドオドしちょっと猫背の、あれはインド人だと感じました。実際の裁判が始まるまで詳細は語られないということでしたが、犯罪の性質は、子供が性的な暴行を受けたというものでした。(実は、何年か前、私が最初に陪臣に選ばれそうになった時も、子供への性的暴行罪でした。この種の犯罪は多いみたいです。)

  月曜に、裁判所に行った時、陪審員のセレクトが始まるまでに時間があって、椅子に座って待っていると、横に座っていたのが何とその被告でした。時々弁護士が、彼に話しかけていました。彼の目を見たとき、「ああ、この人は無罪だろう」と思いました。私の場合、『死刑台のメロディー』を観ていますから、まず言葉が出来ない移民の被告には有利に加勢したくなります。そういう意味で、陪審員になりたかった。1920年代、「アメリカ史の汚点」と言われたあの裁判では、イタリア移民のサッコとバンゼッティーは、無実の罪をなすりつけられて電気椅子に消えました。それから被告の彼がどうも、インド人である感じでしたから余計に、彼に有利に加勢したかった。理由は、全く個人的な思いですが、私はある理由からインド人には恩義を感じますので、インド人には有利にしてあげたいからです。

  まあ、私のようなこんな公平さを欠く人間は、陪審員には不適当でしょう。先にも書きましたように、最初の21人の中にも入らなかったのですから、初めから殆ど、可能性はありませんでした。それでも、二日間行って、日当一日15ドルが支給されるそうです。これで、あと最低1年は、陪臣の義務からは除外されるそうです。

  人間の裁きは不確実かもしれませんが、

主の裁きはまことで、ことごとく正しい。(詩篇19:10)