2006年9月10日

「ラッシー」
  

定期的にメルマガを送ってくれる牧師に、コロちゃんという犬を飼っている方がいます。メルマガにはしばしばそのコロちゃんのことが掲載されているばかりでなく、散歩の折にはご近所の虐待されている犬も可愛がる優しい牧師さんです。最近では、日本の牧師さんも犬を飼う方が何人かありますが、日本のように住宅が狭いところでは、なかなか管理が厳しかろうと思います。そういうわけでか、私が日本の聖書学校の時代には、牧師は教会では犬を飼うべきではない、それは犬の嫌いな信徒もいるから、…とどこともなく教えられたおぼえがあります。もっとも、日本では教会と牧師の住居が一緒になっていることが多いので、「そうなのかなあ」とも思いました。けれどもこれは私の勝手な思い込みかも知れませんが、アメリカでは必ずしもそうではないと思います。

カリフォルニアの星教会には、ラッシーと呼ばれる血統書付きのシェルティーがおります。シェルティーは小型のコリーです。(シェトランド・シープ・ドッグというのが正式なブリードの名前らしい。)昔『名犬ラッシー』という映画がありました。全くあれそっくりですが、その映画のラッシーよりはうんと小型です。先日のキャンプには、この犬も参加しましたから顔を見たい方は、(「バッカじゃなかろうか、誰が人の犬の顔なぞみたいものか」と自分に言い聞かせています。) http://www.calstarchristianchurch.org/060903star.html を観てください。今年11歳になりますから、だいぶおばあちゃんになりました。

 どうしてこの犬を飼うことになったかですが、この犬は以前、南カリフォルニアに住んでいる私達の教会のオリジナル・メンバーの山下さん夫妻が飼っていた犬だったのです。ところが、2年前、山下さんたちが引っ越したタウンハウスが犬の飼えないところだったので、「知らない人にあげるより、知っている石原先生たちのほ方がいいから、もらってくれませんか」と言われて、そういう血統書付の犬は飼ったことはないのですが、いただいたのです。実は山下さんもラッシーのオリジナルのオーナーではなく、山下さんの友人の方から譲ってもらった犬らしいのですが、その大元のオーナーがラッシーと名づけたようで、それで今でもラッシーで通っているのです。

 もともとスコットランドが原産で、シープ・ドッグというのですから、羊を追いかけていた犬かもしれませんが、ラッシーは性格がとても優しくて、全く番犬にはなりません。夜は私たちは自宅に帰りますので、本来は教会の番犬をやってもらわねばなりませんが、ラッシーでは泥棒が入ってきたとしても、泥棒に悔い改めを迫ることはないでしょうが、黙って盗ませることはするでしょう。教会には今、毎週6人からの小さな子供達がやってきますが、みんな教会へ来ると「ラッシー、ラッシー」と可愛がってくれます。みんなラッシーが大好きで、教会のマスコット的存在です。もっとも我が家の孫のアシェル君のペッティングには、ラッシーは迷惑しているかも知れません。

 アメリカ人は大体において犬を飼う人、犬を可愛がる人を尊敬します。かつてドールという共和党の大統領候補がおりましたが、記者団に賄賂のことについて尋ねられて、「私は自分の生涯で、支持者から贈り物をもらったことはありません」と言ったあと、「ただ一度の例外を除いては」と付け加えたので、記者が「えっと、贈り物をもらったのですか?」と問いただすと、「はい、ある支持者から子犬をいただきました。しかし、私も家内も断じて、その子犬を返そうとは思いません」と答えたのです。この時は、ドール氏の支持率が上がったようですが、さすが子犬を愛することが、彼を大統領にするまでには至らなかったようです。ともあれ「犬は嫌いだ」などと言っては、おそらくアメリカでは支持を失うケースの方が多いでしょう。

 毎朝私達が観ている日本のニュースの時、ほぼ毎日PETAのコマーシャルがあります。 http://www.peta.org/  これはPeople for the Ethical Treatment of Animals の略称ですが、そのコマーシャルで言われることは、どうもFBIの統計では、80%以上の暴力行為というのは、最初動物の虐待から始まるということです。動物を愛せない人は、人をも愛せないということらしいのです。

最近ちょっと横になって寝そべっていることが多くなったラッシーは、これからどれ位生きられるか分かりませんが、最後まで面倒をみて可愛がってやろうと思います。