2007年1月14日

「キャルスター・ホーム アップデイト」

 カリフォルニアの星教会での、最近の取り組みの主なものは、キャルスター・ホームと呼ぶシニアー・ホームの開設です。これはすでに皆さんにお知らせしていますし、祈っていただいておりますが、暮から新年になりまして、いよいよホームストレッチに入って来たという感じです。

日本の現状はよく分かりませんが、私が若い頃は子供が居ない人とかは別にして、老人が老後を心配するなどということはほとんどなかったと思います。私の育った田舎でも、お嫁さんと仲が良いか悪いかは別の話としても、老人が誰にも知られず死んで腐れ果てていたとか、白骨化していたなどという話は聞いたことがありませんでした。子供がいれば、隠居場所を作ってもらって、子供達夫婦と生活するのが普通ですから、病院に行けないとか、買いたいものが手に入らないということはなかったと思います。ところが、生活がだんだん西洋化したのか、日本でも子供が親を見なくなってまいりました。そして老夫婦は老夫婦だけで生活し、一人が亡くなって一人が残された時とか、両方生きていても、どうしても動けなくなった場合、しかるべき施設に行くということになっているようです。

私達は、今、シニアー・ホームを開設して、老人の世話をしようとしていますが、本当は我が家の両親が、サンホゼに来てくれたら一番安心なのです。私は、親を見る意志がないのではありません。私は長男で、本来なら親を見なければなりませんが、さりとて、今サンホゼでの仕事を、そっちのけにして今両親が歳をとったので日本の田舎に戻るということは出来ないのです。日本の、ことに田舎の人たちは、故郷とか、コミュニティーを去ることがなかなか出来ません。それで私の両親は、今年は85歳と80歳ですが、まだ二人で田舎におります。時々、近くに住むすぐ下の弟が、訪ねてくれてはおりますが、やはり二人は歳を取ってきましたので心配は心配です。ただ私の家の場合、このすぐ下の弟が夫婦が今年は、現在彼らが持っている家を息子にあてがって、両親の家に入ってくれるというので、私としては安心ですが、必ずしもそういう住んでくれる息子や娘のいる家庭ばかりではないでしょう。

カリフォルニアの星教会の初期にも、Oさんという80歳のオバアチャンが居ましたが、この方の場合、70歳の時、娘さんのいるカリフォルニアに引っ越してきました。このOさんはすでに召されて、長野県にある主人のお墓に一緒に埋葬されています。その埋葬のために、娘さんが日本まで赴きました。またKさんという婦人も私たちの教会に来ておりましたが、この方もアメリカの方と結婚した娘さんを頼って、アメリカにやってきました。かの方は今も元気で、余生を娘さん家族と一緒に過ごしています。よくそういう歳で、アメリカくんだりまで来られたものだと思いますが、双方に共通していることは、東京という都会出身で、その年齢にしては最上の教育を受けている方たちだということです。ですから、故郷を離れることとか、アメリカに来ることに対して、私の両親のようには抵抗がなかったということでしょう。

私たちも、今年は58歳になります。「老いては子に従え」と昔の人は申しました。私達の子供達が「お父さん、お母さん、心配だから、私たちの住んでいる町に引っ越してくれない」といわれたら、私たちはどちらの住んでいる町へ引っ越すことは、選択肢のひとつとして考えています。ただ埋葬はサンホゼがいいですね。私は、カトリックの宣教師にとって一番名誉なこと、「宣教師は宣教地の土になる」ということは、私たちも感じているからです。とにかく子供達の仕事の邪魔にならないように、また子供達が私たちのことで心配をしなくてもよいようにしようとは思っています。ということは、息子は、おそらくこれから日本で過ごすでしょうから、老後はまた日本にもどるかもしれません。娘夫婦は将来、どうもどこかの発展途上国へ行くそうですから、そちらで老後を過ごすかもしれません。もっとも、子供達に「サンホゼでシニアー・ホームに入ってくれないかな」と言われたら、そうすることも選択肢です。つまりサンホゼで、シニアー・ホームに入って生涯を終えるということです。家内は、メキシコが好きですから、ティワナに家を買って移るかもしれません。

さて仕事をしている子供達が親の面倒をみたりすることが困難な場合、アメリカではヘルパーを雇います。私たちの教会を最初に始めた、宣教師のマリー・ジュルゲンセンはそうしていました。ヘルパーは、通いの人も住み込みの人もおります。ただヘルパーは、監督者がおりませんから、いいヘルパーに来てもらう場合は安心ですが、ひどいヘルパーや、危険なヘルパーの場合は心配になります。

私たちがシニアー・ホームと言っている施設は、州のライセンシングをパスしなければなりませんし、しばしば非常に厳しいチェックを受けます。これは正式には、

Residential Care for Elderly (RCFE)と言います。普通の家庭ですと、最大6名までのシニアーを引き取って、そこで食事、洗濯、運動、アクティヴィティー、医者に行くこと、などのサービスを提供するのです。

今、私たちが準備中なのは、これでそれを我が家でやる予定なのです。妻はサンホゼに来た初期、約3年、この仕事に携わった経験があります。私たち夫婦は、これの開設のための40時間のマネージャーの講習に出て、州の試験を受けてパスしました。指紋を提出し、FBIの犯罪歴スクリーンもしました。救急エイドの講習も受けました。そして先週、ライセンシングの最初のインタビューに行きました。

普通、私達がインタビューを受ける時、イメージするそういう州関係の公務員の面接者は、「陰険」「イジワル」というイメージなのです。ですから相当緊張して行ったのですが、レスリーさんという面接者は、本当に親切なばかりか、「日系コミュニティーには、本当にこういう仕事を始めてくれる人が少ないのです。あなた方が始めてくださって、本当にありがとう」と、感謝されてしまって、思わぬ感謝な誤算で、まったくよいインタビューでした。英語が私と比べるならちょっと不自由な妻にも、分かりやすく話してくれました。

おそらく、あと2−3回の面接があるでしょう。それと並行して、我が家の改造があります。実は一般の住宅から、そういうシニアー・ホームをやる家にするには、いくつかのクリヤーせねばならない改造があります。それは予算の関係で私が自分でやっていますが、市の検査をパスすることが、なかなか難しいのです。最初の検査は、それはもうHumiliated と言う言葉が妥当なくらい、バカにされ、貶められました。この時の、サンホゼ市建築課の公務員は、まったく私が事前に予想した以上に不親切、偏見、威張り散らす人でした。息子のチャールズにその話をしたら、「ああ、僕が一緒にいたら・・・」と悔しがりましたが、こういうことはアメリカでは現実です。それに負けていては生きていけません。

今週と来週と、すでに州のライセンシングの予定は入ってます。市の建築課の検査を通すことが次の課題、そしてそれが終ったら、市の消防局の建物検査をパスせねばなりません。それが終ったら、ライセンシングの方から、更に建物の最終検査に来ます。そうして仮免許が交付されます。そうしたら、正式に入居者を募集することが出来ます。

随分時間がかかりましたが、今年の早い時期に、オープンにこぎつけたいと願っています。どうぞお祈りください。