2007年1月28日
分裂(単一)王国時代シリーズ 第二回
「エフー革命から学ぶこと」 1列王記16:23−34
10:15 彼がそこを去って行くと、彼を迎えに来たレカブの子ヨナダブに出会った。エフーは彼にあいさつして言った。「私の心があなたの心に結ばれているように、あなたの心もそうですか。」ヨナダブは、「そうです。」と答えた。「それなら、こちらに手をよこしなさい。」ヨナダブが手を差し出すと、エフーは彼を戦車の上に引き上げて、
10:16 「私といっしょに来て、私の主に対する熱心さを見なさい。」と言った。ふたりは、彼の戦車に乗って、
10:17 サマリヤに行った。エフーはアハブに属する者で、サマリヤに残っていた者を皆殺しにし、その一族を根絶やしにした。主がエリヤにお告げになったことばのとおりであった。
10:18 エフーは民全部を集めて、彼らに言った。「アハブは少ししかバアルに仕えなかったが、エフーは大いに仕えるつもりだ。
10:19 だから今、バアルの預言者や、その信者、および、その祭司たちをみな、私のところに呼び寄せよ。ひとりでも欠けてはならない。私は大いなるいけにえをバアルにささげるつもりである。列席しない者は、だれでも生かしてはおかない。」これは、エフーがバアルの信者たちを滅ぼすために、悪巧みを計ったのである。
10:20 エフーが、「バアルのためにきよめの集会を催しなさい。」と命じると、彼らはこれを布告した。
10:21 エフーが全イスラエルに人を遣わしたので、バアルの信者たちはみなやって来た。残っていて、来なかった者はひとりもいなかった。彼らがバアルの宮にはいると、バアルの宮は端から端までいっぱいになった。
10:22 エフーが衣装係に、「バアルの信者全部に祭服を出してやりなさい。」と命じたので、彼らのために祭服を取り出した。
10:23 エフーとレカブの子ヨナダブは、バアルの宮にはいり、バアルの信者たちに言った。「よく捜して見て、ここに、あなたがたといっしょに、主のしもべたちがひとりもいないようにし、ただ、バアルの信者たちだけがいるようにしなさい。」
10:24 こうして、彼らはいけにえと、全焼のいけにえをささげる準備をした。エフーは八十人の者を宮の外に配置して言った。「私があなたがたの手に渡す者をひとりでものがす者があれば、そのいのちを、のがれた者のいのちに代える。」
10:25 全焼のいけにえをささげ終わったとき、エフーは近衛兵と侍従たちに言った。「はいって行って、彼らを打ち取れ。ひとりも外に出すな。」そこで、近衛兵と侍従たちは剣の刃で彼らを打ち、これを外に投げ捨て、バアルの宮の奥の間にまで踏み込んだ。
10:26 そしてバアルの宮の石の柱を運び出して、これを焼き、
10:27 バアルの石の柱をこわし、バアルの宮もこわし、これを公衆便所とした。それは今日まで残っている。
10:28 このようにして、エフーはバアルをイスラエルから根絶やしにした。
10:29 ただし、エフーは、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの罪、すなわち、ベテルとダンにあった金の子牛に仕えることをやめようとはしなかった。
10:30 主はエフーに仰せられた。「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行なったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう。」
10:31 しかし、エフーは、心を尽くしてイスラエルの神、主の律法に歩もうと心がけず、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪から離れなかった。
王国が南北に分裂してから、北の場合、ヤロブアム一世から、最後の19代目のホセアという王さままで、200年あるわけですが、それらすべてが悪王でした。その中でも、ほんの多少ですがクレジットを与えられるかもしれない王がいまして、その一人が十代目のエフーという王様です。今朝は、エフーを通して学び、主を崇めたいと思います。この時代のエピソードからは、先週と同じような偶像の廃棄と祝福というテーマになるのですが、さらに綿密にこの点についてお話しましょう。
先週も話しましたように、オムリ王朝は、その二代目アハブ(7代目)のときに、外国から迎えた后、イゼベルによって、バアル礼拝が盛んになりました。シドンとの交流もありますから、国際化しました。それに対して、エフーという人が、この国にはつきもののクーデターを起こしたのです。アハブの後、その子アハズヤ(8代)が王になりましたが、アハズヤの子は死にましたので跡継ぎがなく、アハブの次男のヨラムが王になりました。このあたりの時代に活躍した北の預言者が、エリヤとかエリシャです。
最近私たち夫婦は、「どうして旧約預言書の中には、エリヤ書とかエリシャ書がないんだろう。あの預言者たちが、預言書を残してくれたら、もっとおもしろいだろうにね」などと話しました。
ですから、北イスラエルと言っても、民の皆が悪かったのではなく、限られた主を愛する人たちがいたのです。ともあれ、そういう状況で、ニムシの子エフーが、改革に立ち上がりました。これが成功した影には、には、北イスラエルの軍隊の中にも、すでに厭世的な気分があったからでしょう。例えば、アハブが死んだ時、聖書は、「日没のころ、陣営の中に、『めいめい自分の町、自分の国へ帰れ。』という叫び声が伝わった(1列王22:36)」とあります。人々が、心からアハブ王のやり方に従っていたわけではないのですね。
これは説教とはちっと外れますが、北朝鮮なども、今食糧がなく、暖房用の燃料もなく、餓死や凍死する人が続出しているようです。ですから相当民族の中に不平不満が高まっているはずです。こういう状態では、何かの拍子に、クーデターが起こる可能性があるでしょうし、一旦革命ののろしが上がると、もう将軍さまもどうすることも出来ないと思います。
しかしこうして、オムリ王朝を打倒したエフー革命でしたが、それとて主はよしとされませんでした。主はねたむ神ですから、偶像を完全に整理して、主に仕えることを要求なさいます。ですから、祝福を継続させるために、偶像は完全に整理して、主にのみ仕えるべきなのです。
第一に知ってほしいことは、主がねたむ神であると言う点です。イスラエル民族について、主はご自分を「ねたむ神」であるとして示されている個所は、出エジプト20:5 などいくつかの箇所に記されていま す。そうして、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい(申命記6:5)」という原則はイスラエル民族に貫かれなければならない鉄則でした。ですから、「このようにして、エフーはバアルをイスラエルから根絶やしにした」とありますように、彼がこの外国の偶像とそれに仕える人たちに対して、とった態度は、一応は理解できます。
私は、人生相談を読むのがまあ好きです。日本の未信者の回答者の場合、例えば夫の浮気などを相談する人がおりますと、時として「そんなに浮気の相手が妬ましいですか。夫の浮気の一回や二回、あなたはそれが赦せないほど心が狭いのですか?」などと、相談したほうが諭されているようなケースがあります。これはアンフェアーだと思います。結婚相手が、他の人と不倫の関係になった時、妬まなかったら、それはおかしいですよ。赦すということは、慈悲からであり、義務や、要求によってではありません。しかし、結婚という契約を破ったことは、破った側が決定的な違反を犯したのです。ペナルティーがあっても、当然です。自分の一人子イエス様さえ犠牲にして、私たちを愛してくださる神に対して、私たちは、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛」すべきなのです。またその精神で、一人の配偶者を愛すべきですね。
ウェストミンスター信仰告白24章には、「婚約後に、犯した姦淫または淫行は、結婚前に発見されるならば、潔白な側にその婚約を解消するに正当な理由を与える。結婚後の姦淫の場合には、潔白の側が離婚訴訟をし、離婚後は、あたかも罪を犯した側が死んだかのように、他の人と結婚しても合法である」と言います。私は、だからと言って、一方が契約を破ったら、離婚するようにと勧めているわけではありません。ただそれくらい夫婦の契約は重いものだということを承知すべきです。
今日人々が、これだけ偶像礼拝に対して無頓着でも、主が直ちに裁きをなさらないということは、私たちが要求したからではなく、主のまったくの憐れみで、そうなさっているのです。しかし、主が妬む神であるということは、変わりません。偶像礼拝は霊的な姦淫であります。結婚においても姦淫は絶対に避けねばならないように、絶対に避けねばなりません。
第二に、それならば、それだけ犠牲を払って、どうしてエフーは、完全に偶像を整理しなかったのかということです。テキストは、「ただし、エフーは、イスラエルに罪を犯させたネバテの子ヤロブアムの罪、すなわち、ベテルとダンにあった金の子牛に仕えることをやめようとはしなかった」と言います。まだ、これをやっているのですね。バアルを取り払うという点については、言いつけを守りましたが、それなら金の子牛礼拝もやめたらよかったのにと思います。
これは、純然たる信仰からの行動ではなかったのでしょう。
先日、チョウ先生の『4次元の人』という本を頂きました。Fourth Dimension という英語訳の本を昔セントルイスにいた頃読みました。オクラホマ州の運転免許マニュアル以外で、充江が英語で読んだ最初の本でもあります。この『4次元の人』という本の「はじめに」のところにもあるように、チョー先生の「4次元」という考え方は、もうずっと長いのですね。この本の半ばに、「四次元の霊性判断自己診断チェック表」があります。しかし、この診断表は、日本人の読者のためには、ちょっと不手際があるように思います。いくつかの箇条について、<まったく違う…・・非常に合っている>を5段階にして記入するのです。そこに、日本のクリスチャンに対しては、「まだ所有している偶像がある」という箇条を入れるべきだろうと思います。あるいはアメリカ人にもあてはまるように、<お金、豪華な暮らし、セックスや趣味は、偶像になっていない>という箇条を入れるべきでしょう。この偶像に関する箇条は、韓国のクリスチャンように、かつての日本統治下でも、果敢に偶像礼拝に抵抗した人々にはまったく当たり前のことで、問われるような筋合いのものではないかもしれませんが、日本人のクリスチャンに対しては、必ず問われなければならないと思います。この点、チョー先生の義理のお母さん、故ハレルヤ・ママは、日本人に実に厳しく問うていました。
彼女の場合、こけし人形も持つなというほど、像嫌いでした。
アメリカの日系教会には、四世くらいのクリスチャンの家でも、ご先祖の仏壇があって、そういう方が教会の役員をなさっている場合もあるようです。「ご先祖はクリスチャンではなかったから」という理由らしいのです。そういう風にクリスチャンと呼ばれている家庭でも、時々お札、御守り札を見ることがあります。車に御守り札をくっつけている人もいます。これはクリスチャンになるという大きな仕事をした後、(バアルを追い出しだすという仕事の後)、ヤフーがやったように主が喜ばれないことをしているのと同じです。一切の偶像を整理して、目に見えるもので何も拝む対象をなくしてごらんなさい。自然と、本当に見えないけれども確かにおられる天の父なる神に、「主よ、もう頼るべきお方は、あなた様しかありません。よろしくお願いします」という気持ちになれるでしょう。そういう主にのみ頼る信仰を、主は望んでおられるのです。
日本人の場合、直ちにすべてを整理するのは、かなり勇気がいるかもしれません。しかしエフーのように、「仕えることをやめようとはしなかった」では具合が悪いのです。
この偶像に関して、モーセの十誡は、「それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし、わたしを愛し、わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである」と教えています。
エフーの革命は、自己の熱狂が動機になっていたのでしょう、決して純粋な信仰心からではなかったのです。ですから、あのオムニの家やバアルの信者を皆殺しにした時でも、ホセア書1:4 には、「あなたはその子をイ ズレエルと名づけよ。しばらくして、わたしはイズレエルの血をエフーの家に報い、イスラエルの家の王国を取り除くからだ」とあるように、かならずしも主に受け入れられていません。テキストは「あなたはわたしの見る目にかなったことをよくやり遂げ、アハブの家に対して、わたしが心に定めたことをことごとく行なったので、あなたの子孫は四代目まで、イスラエルの王座に着こう」とあるのは、主がすでにそのエフーの信仰の質を御存知なのでしょう。エフー王朝はその後四代(エホアハズ、ヨアシュ、ヤロブアムイイ、 ゼカリヤ)続きましたが、シャルムのクーデターで滅びました。
やはり続かなかったのです。
あの分裂王国の時代、確かにイスラエルやユダを取り巻く環境は、厳しいものがありました。しかし、「主にのみ仕えていても、どうせ滅びる運命だったのさ」ということは出来ません。私どもが、偶像を完全に捨て、主のみを愛し、主にのみ仕えるなら、必ずその祝福は、あなたの代で終ることなく、数代で終わるのでもなく、千代(永遠)に続くのです。
偶像問題は、どこの家庭にも偶像が一杯の日本人にはきつい教えですが、決して避けて通るわけには参りません。日本人の中でも、キチンと偶像問題をクリヤーしている人たちもおります。私は、クリスチャンとしては一代目ですが、信仰を持った当初から、偶像などは持ったことはありません。日本人でも信仰をしっかり持てば出来るのです。勇気をもって、偶像を整理する信仰を持ちましょう、千代に至る祝福のためです。
祈りましょう。