2007年1月28日

「キャルスター・ホーム」

 すでに多くの方々に祈っていただいております、シニアーのためにケアー施設、キャルスター・ホームのことですが、その後の進展についてお知らせします。

 先週火曜(23日)、午後1時半から、私たち夫婦はサンフランシスコで、州のライセンシングの担当者に面接を受けました。この面接は、タイトル22という、この種の施設を運営するための法律がありますが、その法律からの、言ってみれば口頭試問であります。約2時間にわたって、「こういう場合は、どうしますか?」「この時に必要な書類は何ですか?」と言った類の質問を、びっちりされました。結果は、「合格」でした。私が講習を受けたのは、かれこれ2年前ですから、前の週は、テキストやらノートやらを見て、おさらいをしましたが、よくまあ思い出せて答えられたものだと思います。一つどうしても思い出せないことがあったのですが、その時に限って、その一つを家内が思い出してくれました。やっぱり二人は強いです。つまりもう面接はパスです。

 そして先週は、面接の他に建物検査がありました。12月に来た検査官は、超イジワル、・・・・というより、陰険、偏見、貶めるタイプの人で、ああいう検査官でないように祈りました。そうしたら先週来た検査官は、昨年9月、私が最初に市役所に建築申請に行った時に、プラン・チェックをしてくれた人でした。あの時、「市の建築課にもこういう親切な人がいるものだ」と感じましたが、その人が現れたのです。あの12月に来た、陰険、偏見、貶めタイプの検査官とは打って変わって、親切で、決してマイノリティーの私に対して、人種的偏見など全く感じさせない、言葉遣いも丁寧な素敵な人でした。ほんのマイナーな問題を指摘しただけで、微笑みながら「おそらく今度見に来る時には、ラフ・インスクション(大雑把な検査)はパスだな」と言いました。それで、これからの見通しとしては、これら言われたことの手直しをして、(全部、私がやれる仕事ばかりです。)ラフ・インスペクションをパスしたら、最終仕上げをして最終検査という運びです。最終仕上げは、前の教会堂の時で分かっていますが、殆ど確認というだけです。

 そして市の建築課の検査を通したら、次は市の消防局の検査です。これはすでに手直しの個所は分かっていますので、そう大きな問題はないと思います。そうして市の消防局の検査を通したら、州社会福祉課のライセンシング・チームが、施設となる我々の家にやってきます。そして彼らが、建物をチェックし、すべての備品とかが揃っているかなどをチェックし、それらが全部基準に合えば、晴れてカリフォルニア州から認定された、レジデンシャル・ケアー・ホームとして、仮ライセンスがおります。そうすると、宣伝などして、シニアーを募集することが出来るようになります。

長かったですが、だいぶトンネルの出口が見えてきた感じがします。

最近は、妻と話していても、「こんな施設にしたい」というヴィジョンが一杯です。先日、英語の支援者に昨年一年の献金の感謝の手紙を出しましたが、その手紙を読んだ何人かから、私たちの始めるシニアー・ホームの展望に対して、「感動した」と返事が来ました。ある人は、さらに献金まで添えて返事をくださいました。この手紙は、英語のページのほうにありますから、読める方はお開きください。英語の手紙へ その中に、このキャルスター・ホームでの取り組みについて書きました。この種の施設は、要するに安全に、規則に従って食事をさせ、必要に応じて病院に連れて行き、一日一日を過ごさせ、もうこういう施設ではお世話できないような病気になって、病院にはいるまで生活させるというだけというところが案外あります。私は昔養鶏をやっていましたから分かりますが、ケージの中にニワトリを入れて、餌を与えて、卵を産ませるだけという、そういう感じのお世話・・・・これは断じてすべきではないと思っています。人間の尊厳というものを考えます。ことにシニアーは、人生の仕上げの段階ですから、極めて大切な時期を、私どもはお世話することになります。

 キャルスター・ホーム日本人である私どもが経営するシニアー・ホームですから、おいでになるクライエントは自然と日本人、日系人のシニアーが多くなると思います。何故かなら、日本人、日系人は、年をとってから、西洋のコッテリした食べ物は合わないから、日本食の食べられるホームを捜す傾向があるからです。英語を話す日系のシニアーでも、食文化というのは、かなり日本の文化をひきずっているのですね。また日本人、日系人は、日本人のケアー・ギヴァーが、総じて親切・丁寧だということを知っています。それに英語を話す二世たちでも、自分の両親たちには日本語のわかるホームへ入れたいと考える傾向があると思います。 私の妻は、夫である私が言うのもなんですが、素晴らしいクックです。栄養のバランスなども十分考えなら、毎日おいしい食事を準備してくれるでしょう。キャルスター・ホームでも、この料理の腕を振るって、きっとシニアーたちを楽しませてくれるでしょう。

 更に、私が考えていることは、シニアー達に自伝を書いてもらうことです。私が小説や文学が好きなためか、私の知り合いのクリスチャン婦人には、何人か文学少女が集まっています。この場合の、「少女」というのは、文学的表現であって、年齢をさしているのではありません(笑)。 しかし、文を書くということは、なかなか大変なことで、ましてや自伝などというまとまった文を書くことは、多くのシニアーにとっては骨のおれる作業でしょう。しかし、私は、このお手伝いをしたいのです。それは、今日本人でシニアー・ホームが必要な年齢の人たちの多くは、戦後アメリカの軍人と結婚して渡米した婦人たちです。私の母の世代ですね。こういう人たちは、まるで映画のストーリーになるような経歴を持っている人たちばかりです。

 今から22年前、私がサンホゼで伝道を始めた頃、主にシーサイド方面で、そういう人たちの話を聞きましたが、それは「すごい」話ばかりでした。私は、こういう人生記録は戦後渡米した『大和撫子(なでしこ)』の生き様を知る上でも貴重だと思いますし、この婦人達のアメリカ生まれの子供達に、その生き抜くスピリットを受け継がせるためにも有意義だと思います。勿論、子供達は日本語の伝記は読めないでしょう。しかし私なら、日本語文を英語にも、粗訳なら出来るでしょうし、何より私たちには二人の英語で育った子供がおり、その一人は英文学を専攻し、現在日本の大学で英語を教えている、英語に関してはバリバリの人間です。この婦人達が書いた日本語を、その次の世代が、英語で読むことが出来るように、きちんと文を整えてくれるでしょう。

  日系のシニアーが書く英文なら、私が読むに耐えうる日本語訳にすることは出来ると思います。この「自伝を書く」というプロジェクトは、キャルスター・ホームの大切なプログラムにしたいと思います。勿論、印刷、製本したいと思います。

  また希望者には「書道」を教えることも、プログラムに加えたいと思います。親が残したものというのは、子供にとって、とても貴重なもののはずです。最近私は、表装をすることを勉強しています。それは書を表装して残してあげたいからです。アメリカで表装屋さんを捜しましたが、見つからないのです。(どなたかご存知でしたら、お知らせくださ。) この二年ほど、私はお習字を習っています。三段になりました。私の家系は、私の父の代までは、みんな恐ろしく書には腕の立つ人ばかりでした。父も父の兄弟も、うまいです。私たちの代になって、そうではなくなりました。われわれの世代というのは、学校ではそうやらないですから、自分で意識して習わないとうまくなれませんよね。 おそらく私は、そう筋は悪くないと思います。もうすでに小学生になら、教える資格もあります。これが五段になれば、十分に大人を指導できると思います。

 近年私が、浪曲に凝っていることは、すでにお知らせしていますが、これはエンターテインとしても、キャルスター・ホームでは聞かせようと思います。また、私は、バス・トリップは大好きですから、シニアーを家の中に閉じ込めておくことはせず、カリフォルニアの大自然をおおいにエンジョイしてもらおうと思います。

 勿論、私は牧師ですから、人生の締めくくりに対して、しっかりとイエス・キリストを信じて、永遠の命の希望の信仰を伝えることは言うまでもありません。

 こうして、シニアーたちが、人生のゴールデン・イヤーを、健全に、有意義に、また充実して生きることが出来るように配慮したいと思います。

 どうぞ、キャルスター・ホームのミニストリーのためにお祈りください。