2007年2月4日
分裂(単一)王国時代シリーズ 第三回
「ダビデに免じて」 2列王記8:16−19
8:16
イスラエルの王アハブの子ヨラムの第五年に・・ヨシャパテがユダの王であったが・・ユダの王ヨシャパテの子ヨラムが王となった。
8:17
彼は三十二歳で王となり、エルサレムで八年間、王であった。
8:18
彼はアハブの家の者がしたように、イスラエルの王たちの道に歩んだ。アハブの娘が彼の妻であったからである。彼は主の目の前に悪を行なったが、
8:19
主は、そのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった。主はダビデとその子孫にいつまでもともしびを与えようと、彼に約束されたからである。
過ぐる二週にわたって北イスラエル王国を中心にして見てきましたので、今週はその当時の南ユダの様子からお話をしましょう。
テキストを見ますと、「イスラエルの王アハブの子ヨラムの第五年に・・ヨシャパテがユダの王であったが・・ユダの王ヨシャパテの子ヨラムが王となった」とあります。
北イスラエルだけではなく、南ユダも、この時代はそう信仰深いというわけではありませんでした。ここ16節に出てくるヨシャパテという王様に至るまでに、南ユダは、レハブアム、アビヤム、アサが王でありました。またここに出てくる二人のヨラムは、それぞれ別人ですが、殆ど同じ時期に北と南で王でした。時代としては、BC840
頃です。北イスラエルのヨラムは、あのアハブ王の第二子で、南ユダの場合は、アサのあとのヨシャパテ王の子供です。
ただ注目したいのは、これらの王ではなく南ユダの王の奥さまです。テキスト18節は、「彼はアハブの家の者がしたように、イスラエルの王たちの道に歩んだ。アハブの娘が彼の妻であったからである」とあります。ここは、南ユダの王様のことを言っています。つまり南ユダのヨラム王の奥さまは、北イスラエルのアハブ王の娘だと言うのです。北イスラエルのアハブ王の奥さまというのは、史上最悪(?)の奥さまイゼベルであります。そのイゼベルとアハブの間に生まれた娘が、南ユダ王、ヨラムの奥さまに納まっているのです。この頃は王国が分裂した頃の、お互いが憎しみあっていた状態とは違っています。この当時は、どちらかと言うと北の方が悪かったですから、多少仲良くなったのを機に、北のほうから「息子さんの嫁にいかがでしょうか」と働きかけたのでしょうか?普通は悪いほうが知恵が回るでしょうから、私が勝手にそう思っただけで、それは確かではありませんが。
もうちょっと後、2列王11章にまいりますと、「アハズヤの母アタルヤは、自分の子が死んだと知ると、ただちに王の一族をことごとく滅ぼした」とあります。つまりその奥さまの名は、アタルヤといい、その子の名はアハズヤと言いました。何せアタルヤはイゼベルの子ですから、悪知恵が働いたでしょう。すっかりヨラムを懐柔してしまって、「彼はアハブの家の者がしたように、イスラエルの王たちの道に歩んだ」とあるように、すっかり不信仰が板についてしまっています。
彼のお父さんのヨシャパテという人は、「アサの子ヨシャパテがユダの王となったのは、イスラエルの王アハブの第四年であった。ヨシャパテは三十五歳で王となり、エルサレムで二十五年間、王であった。その母の名はアズバといい、シルヒの娘であった。彼はその父アサのすべての道に歩み、その道からそれることなく、主の目にかなうことを行なった。しかし、高き所は取り除かなかった(1列王22:41-43)」とあるように、そこそこに受け入れられていた王でした。しかしイゼベル、アハブの偶像礼拝者、つまり、バアル愛好者コンビと「ヨシャパテはイスラエルの王と友好関係を保っていた(1列王22:44)」のでは、問題になってくるでしょう。
教訓・・・・・・パウロは、「友だちが悪ければ、良い習慣がそこなわれます(1コリント15:33)」と教えましたが、これは本当ですね。ですから、どういう友達をえらぶかということは、とても大切です。聖歌614と言っても、最近はあんまり聖歌を歌いませんが、その二節に、「友を選べ、心して。言う言葉にも敬虔なれ。考え深く、ことをなし、真実こめて、主に頼れ」と歌います。友達の影響というのは、非常に大きいですね。北イスラエルと、仲良くなりすぎて、北の偶像礼拝者から奥さまを迎えるまでになってしまったのです。これはかなり勇み足でした。
しかし今朝注目したいのは、そのことではありません。テキストの19節に「主は、そのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった」とあります。この「免じて」という言葉の重さに注目していただきたいのです。
人は、罪の軽重に関係なく、誰かの信仰に免じて守られることがあります。ですから、人はその誰かに対しては、感謝を捧げるべきであります。
第一に覚えていただきたいことは、「罪に軽重があるのか?」ということです。パウロは、ロマ書3章10-12で、「義人はいない。ひとりもいない。悟りのある人はいない。神を求める人はいない。すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない」と言いました。教会でも、「だれそれさんは、罪深いから赦されなくてはならないが、だれそれさんは罪が軽いからそう赦しが必要でない、というようなことはない」と教えます。パウロが、この後23節で、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができ」ないと、言っている通りです。
この時代のことを考えますと、南の王ヨシャパテのあたりまでは、北イスラエルの悪さのほうが目立つ感じがします。ところが、南の王が北から王女をもらったころから、すっかり南ユダも北化してしまった感じがあります。つまり北のオムリ王朝は断絶しても、南に来て残っているのと同じであります。
しかし北は滅び、南は残るのです。これはどういうわけでしょう?確かに南ユダもBC586年には、バビロンによって滅ぼされますが、捕囚と言う形であれ、ユダというアイデンティティーは残っているのです。今日でもイスラエル共和国を形作る人々の殆どは、このユダか、ベニヤミン、あるいはレビの流れであります。しかし北は、その後完全に地上では分からなくなってしまいます。それにしても、この北と南の差は、どういうことでしょう。そこまで南北では、罪に差があったのでしょうか?
そこで二番目に覚えていただきたいのは、人は誰かの信仰に免じて守られることがあるということです。テキストでは、「そのしもべダビデに免じて、ユダを滅ぼすことを望まれなかった」とあります。南ユダと、北イスラエルの差は、主の前に従順であったかどうかという点では、大して違いはありませんでした、両方とも不従順でしたから。 しかし決定的な違いは、南はダビデの家の正当な継承者ですが、北はそうではなかったということでした。
救主がダビデの家から生まれるということは、永遠の神の計画ですから(2サムエル7章)、(「どうしてそうなの?」と問われてもわからない。主権をお持ちの主の計画ですから) 南ユダが滅び去ってしまうことはなかったのです。
ダビデと言う王様は、生存中に問題がなかったわけではありませんが、開き直らないで、犯した罪に対しては悔い改めるという点では傑出していました。そして生涯を通して、この潔さと、主に対するまっすぐな信仰は、しばしば賞賛されています。
今日の時代、誰かが赦されるというのは、イエス・キリストの十字架の御業に他なりません。ですから天の父なる神は「キリスト・イエスに免じて赦してやろう」と言われるでありましょう。しかし、そのイエス様に結びつくために、「この人がいなかったら、絶対信仰はもちえなかっただろう」と言う場合、その人をさして「誰かに免じて」ということも可能でしょう。それはその「誰か」というのは、信仰によるダビデ契約の継承者に違いないからです。
アウガスチヌスという教父は、若い頃は超不良でしたが、母モニカの祈りで、ついに彼は主に立ち返りました。モニカなしでは、おそらくアウガスチヌスは主に帰ることはなかったでしょう。この場合、「モニカに免じて、神はアウガスチヌスを救いに導かれました」と言えるでしょう。
三年位前に、元ヤクザの金沢先生がサンホゼで説教しました。十年位前に、やはり元ヤクザの鈴木先生の説教を聞きました。両方とも奥様が韓国の方で、非常に熱心な信仰者のようです。「自分に信仰があれば、相手が未信者でヤクザでも、救いに導けるから、結婚してもいい」ということは聖書的ではないでしょう。しかしすでに結婚してしまっている人に、そんな過ぎ去ったことを、後から意見してもし方がありません。むしろこの韓国人の奥さまたちにとっては、その後を、主にあっていかにそのヤクザの主人に仕えるかが大切だったのです。この奥さまたちは、このヤクザの夫の救いのために、どれくらい祈られたことでしょう。おそらく言えることは、鈴木先生にしても、金沢先生にしても、主は「その奥さまに免じて」彼らが、信仰を持つに至らしめられたのでしょう。
あなたが救われたのは、案外「誰かに免じて」ではありませんでしたか?奥さまだったり、ご主人だったり、親だったり、あるいは子供かもしれません。友人だったり、あるいはまったく赤の他人が、そういう大切なロールを担ったかもしれません。
どうして南ユダだけ滅ぼされないで、残ることが出来たのでしょう?それはダビデという契約の血筋だからです。ですから、「ダビデに免じて」南ユダは滅びず、細々とでも残ってきたのです。クリスチャンは契約の民です。契約の民につながる人たちは、その契約の民に免じて、救いに与るのです。クリスチャンの中でも、「どうしてあの人が、契約の民と言えよう」というような人でも、契約の民に加えられていることは、覚えておく必要があるでしょう。
最後に覚えていただきたいことは、そういう尊い契約の民に加えられるために、誰かがいてくれたに気付き、感謝し、そして契約の民として相応しく生きよ、ということです。
まず、南ユダに関して言うなら、彼らは自分達が大切な神の契約の民であるという自覚が薄かったようです。テキストは「彼は主の目の前に悪を行なった」と言います。南ユダの王ヨラムは、唯一まことの神の契約の民であることを忘れ、ダビデの流れであることを忘れ、この当時で言うなら、北イスラエルからバアル礼拝者を妻に迎えるという軽はずみなことをしたのです。出エジプトの時の、「わたしは、あなたをエジプトの国、奴隷の家から連れ出した、あなたの神、主である(出エジプト20:2)」と言うのは、イスラエル民族に貫かれていなければならなかった鉄則でした。
ですから偶像礼拝は、当然まことの神に対する礼拝(感謝)という形にならず、バアルにひざを屈めることで、まことの活ける主を蔑ろにするということになっていきます。そしてそういう契約違反の行動は、また回りの人々に、あるいは次の世代へと引き継がれていくのです。
クリスチャンは、自分がクリスチャンの中に加えられていることの重さに気づくべきです。そのために誰かが祈り、誰かが犠牲をはらい、誰かが伝えてくれたことを覚え知るべきです。そして、そういう人々にも感謝すべきです。この契約の民になったということ知るなら、自然と神礼拝と言う形になるでしょう。感謝をささげるでしょう。神に感謝をささげるなら、人にも感謝できるでしょう。
契約の民に加えられているクリスチャンでも、若い頃はかなりちゃらんぽらんな人もいるかも知れません。そういう歩みを是認しているわけではありません。しかし、誰かに免じて赦されていることもあるのです。例えば、ルークやキャロルの行った、オーラル・ロバーツ大の現プレジデント、リチャード・ロバーツ師は、若い頃はかなり荒れていました。あのビリー・グラハム師の息子のフランクリン・グラハム師も、まっすぐに成長してきたわけではありません。みんな「誰かに免じて」赦されてきたのでしょう。しかし、ひとたび契約の民であることを自覚するなら、そういう人たちであっても、その後は素晴らしい仕事をするのです。おそらく、リチャード・ロバーツ師も、フランクリン・グラハム師も、それぞれの父上に感謝しているでしょう。今度は、契約の民のあなたが、その「だれかに免じて」の「だれか」になる番です。
こうして、契約は主がおいでになるまで、次の世代に引き継がれていくのです。
祈りましょう。