2007年3月11日
分裂(単一)王国時代シリーズ 第七回
「想像できるは母親の信仰」 2列王記18−24章
18:1 イスラエルの王エラの子ホセアの第三年に、ユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。
18:2 彼は二十五歳で王となり、エルサレムで二十九年間、王であった。彼の母の名はアビといい、ゼカリヤの娘であった。
21:1 マナセは十二歳で王となり、エルサレムで五十五年間、王であった。彼の母の名はヘフツィ・バハといった。
21:19 アモンは二十二歳で王となり、エルサレムで二年間、王であった。彼の母の名はメシュレメテといい、ヨテバの出のハルツの娘であった。
22:1 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年間、王であった。彼の母の名はエディダといい、ボツカテの出のアダヤの娘であった。
23:31 エホアハズは二十三歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナの出のエレミヤの娘であった。
23:36 エホヤキムは二十五歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。彼の母の名はゼブダといい、ルマの出のペダヤの娘であった。
24:8 エホヤキンは十八歳で王となり、エルサレムで三か月間、王であった。彼の母の名はネフシュタといい、エルサレムの出のエルナタンの娘であった。
24:18 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年間、王であった。彼の母の名はハムタルといい、リブナの出のエレミヤの娘であった。
先週は台湾からお客さんもあって、一度分裂(単一)王国時代シリーズをお休みしましたが、今週は戻ってその七回目です。先回はヒゼキヤのお話をしました。今週は、誰と言うわけではありませんが、まずお読みしましたテキストを見ていただきたいのです。ヒゼキヤからユダ王国が滅びるまでの王様が出ています。
ヒゼキヤは、北イスラエルが、アッシリヤに滅ぼされた後、おそらく BC715 頃即位したユダ王国13代目の王で、それ以後、マナセーアモンーヨシヤーエホアハズーエホヤキムーエホヤキンときて、最後の20代目がゼデキヤです。そしてこのゼデキヤの時、すなわちBC586に、エルサレムは陥落し、南ユダはバビロン捕囚になります。バビロンというのは、現在のイラクの南の方です。
この間、ユダを脅かす相手も変わりました。北イスラエルを滅ぼしたのはアッシリヤです。その後アッシリヤは、南ユダも支配権を握りました。ただ、その頃世界の覇権は、アッシリヤからバビロンに移ります。つまり16代目、ヨシヤ王(BC640-609) の時、ユダ支配権は、バビロンにあったのです。
さて今朝はそういう歴史的な事柄を取り上げようとは思いません。むしろ説教のテーマとしては、まったく外れています。しかし考えていただきたいのは、このテキストは、この時代、どの王の時も母親の名を記しております。
ポイントは、子供の教育です。申し上げたいことは、教育によって人は形作られるということです。クリスチャンの親を持った子供が信仰を継承するのは、クリスチャンでない親のケースより断然、比率が高いのは、親が信仰教育をするからです。私の場合は、親がクリスチャンではありませんでしたが、信仰を持ちました。これは憐れみであり、恵みであります。しかしクリスチャンの親は、子供の信仰教育にとって一番、影響力がありますね。ことに母親の影響は大きいものです。ですから母親は、子供の信仰教育に力を入れるべきだということに注目しましょう。
今朝の説教では、そういうことから、次の二点だけを考えてみましょう。
まず第一点は、対外的には立派な父親であっても、案外信仰的には低い女を妻とすることがあるので気をつけなければならないということです。
まずヒゼキヤは、ユダの王の中では、良い王様でした。このヒゼキヤの他に善王は、16代目のヨシヤです。この二人のユダ王国の王様は、立派な王様でしたが、どういうわけだかその子たちが、悪いのです。ことにヒゼキヤの子、マナセという人はチョー悪です。マナセ王は、ユダの王の中では55年という長い治世でした。しかしその間、高き所の再建し、バールの祭壇やアシェラ像も作り、言ってみれば、父親ヒゼキヤの嫌ったことを進んでやった感じがします。まじない、霊媒、口寄せなど、聖書を信じる人たちは、絶対してはならないことを、この人は奨励しました。そればかりか、罪のない人たちを惨殺しました。イエス様が、「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者(マタイ23:37)」と言われた時、このマナセの時代のこともきっと含まれていたことでしょう。どうして、次の世代で、こう変わるのかと思うほどです。
最近細木さんとかいう占い師がよくテレビに出ていますが、ああいう占いをする人は、見ただけで悪い霊が取り付いているとわかりますね。私たちは絶対あの手の人と関わるべきではありません。
ポイントは、どうしてこういう人材が育ったかということです。テキストにはこれらの王の母親が出ていますが、それはつまり父親がそういう母親と結婚したからでしょう。実際、当時の国王の妻と言うのは、子供の教育など個人的なものにとどまらず、政治的にも大きなものがあったようです。顕著な例は、北イスラエルの王アハブの奥さまイゼベルですね。つまり、これはかなりの確率で、母親の信仰教育に問題があったと見るのです。
もしそうなら、そしておそらく当たっているでしょうが、どうしてこういう立派な王が、そんな信仰的にに低い人を人を妻に迎えたかということです。
私の好きな映画の一つに、『雲の上の散歩(Walk in the
cloud)』があります。キアヌ・リーブズが、ポール・サトゥンという戦争帰りのGI役で出ていますが、その映画の中でも、人柄としては、とても素敵なこのポールが、いくら戦争前のあわただしい時だったとは言え、どうしてああいうつまらない女と結婚したかと思います。
チャールズ・ウェスレーの奥様は悪妻で有名だったそうです。詳しい事情は分かりません。しかしああいう神の人でも、霊的にはおろかな婦人を妻にすることがあります。注意が必要です。
教育において、ことに母親の影響と言うのは、大きいものです。今の時代でも、立派だと言われている人でも、案外子供の教育には、あまり関心を払わない人と結婚して、次の世代の教育に失敗する人がおります。それでその代は何とかよくても、次の代になると、取り返しがつかないことになるのです。ヒゼキヤ、ヨシヤ王は、立派でしたが、次の代は、ダメでした。おそらく奥様の子供に対する教育が悪かったのではないかと、想像するのですね。
二番目に覚えていただきたいのは、その逆です。ヒゼキヤの場合でも、ヨシヤの場合でも、その前の代、つまり彼らの父親は悪かったけど、おそらく母親が優れ者であったろうということです。
これもテイストからは、何も具体的なことは分かりませんが、そうであったろうと、想像するのです。
ヒゼキヤの場合は、「彼の母の名はアビといい、ゼカリヤの娘であった」とあり、ヨシヤの場合は、「彼の母の名はエディダといい、ボツカテの出のアダヤの娘であった」とあります。名前とか、(エディダの場合は出身も)わずかな情報はありますが、詳しいことはわかりません。この母親達が、どういう教育を施したのか、テキストからだけでは詳しいことは何もわかりません。けれども、想像はつくと思います。
新約聖書で子供の教育と言う点で優れた人として思い出されるのは、テモテの母親です。パウロは、「私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています(2テモテ1:5)」とあります。
口を酸っぱくして申しますが、箴言1:7-8には「主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない」とあるように、一番最初の教育は、そして一番大切な教育は信仰教育です。ここで言われている、知恵とか、教えというのは、信仰に関すること、聖書に関する知恵です。これも何度も話すことですが、聖書には「信仰がなくては、神に喜ばれることはできません(ヘブル11:6)」と書いてあります。
あるいわゆるクリスチャンの母親が、「私の子供は、某有名国立大学を卒業し、XX省に入りました」と自慢げに話していました。それで、「それは立派なお子さんをお持ちになって、素晴らしいですね。ところでどこの教会に通っておられますか?」と問うと、「オホッホッホ」と笑いながら、「実は、勉強が忙しかったので、大学に入ってからは、ちょっと教会から遠ざかっておりますのよ」と言われるのです。この母親は、もうちょっと、その子供の信仰のために祈るべきでしょう。
このテモテの父親は、ギリシャ人でした。使徒16:1によれば、「そこにテモテという弟子がいた。信者であるユダヤ婦人の子で、ギリシヤ人を父としていたが、」とあるだけで、父親については知られていません。おそらく、この父親は信仰者ではなかったのでしょう。
仮に父親が信仰者でなくとも、あるいは父親がいないとしても、子供を立派に育てた人はおります。考えてみれば、ヒゼキヤの父親はアハズで、どうしようもない王の一人です。ヨシヤ王の父親は、アモンで、これもどうしようもない王の一人です。当時は女性の側に、男性を選ぶ権限は、今日のように自由ではなかったので、女性のほうが確信をもって信仰を貫き、育てたのでしょう。
これはいつの時代でもそうですが、祈らない婦人を妻にするのはまずいですね。祈る母親になるには、母親自身が祈りの訓練が出来ていることは言うまでもありません。
アメリカで、教会に来ていて、洗礼を受けているクリスチャンの中に、どれくらいが本当に新生しているかという統計がありますが、アメリカの福音派の教会の場合、60歳以上の人は、65%が新生しているだろうということです。これが、1946年から1964年までに生まれた人、つまり私の年代ですね、この年代になりますと、35%になり、1965年から1976年から生まれた人では15%になり、1976年から1990年生まれの人では、たったの4%しか新生していないそうです。
あなたは新生していますか? これでは「クリスチャンだから」と言って結婚しても、その人が祈れなかったり、聖書を知らなかったりするのは当たり前です。そして新生していなければ、聖書を知る大切さ、祈りの大切さなどは分かりませんから、それを子供に教えることはないでしょう。そして次の世代では、完全に教会から離れるのです。その統計では、西海岸のUnchurched People (つまりどんな教会との関わりも持たない人)の数は40% ということですが、ここに住んでいる者の感覚ですと、もっとウーンと高い感じがします。
極めてベイシックです。礼拝を守る、祈る、聖書を読む、献金をする、奉仕をする、こういうことを嫌々でなく、喜んで出来るような婦人は、必ず子供も信仰者として立派に育てるのです。まあ、そういう風に育てている人は、この世の教育も、ちゃんと施すものです。
ヒゼキヤの母も、ヨシヤの母も、きっとそういう意味で立派な母親だったと思います。
静岡にあるイエス福音教団の見城良雄先生には、12人のお子さんがありました。奥様はすでに亡くなっていますが、この兄弟は、12人全員が新生したクリスチャンのようです。実は一人、ちょっと外れそうになった子供がいたようですが、その子も立ち直り、今牧師をしています。その立ち直って牧師になった方も言っておりましたが、やはりお母さんの影響が大きいのです。もっとも父上も、奥様の祈りによって救われたのです。
聖アウグスチヌスの母、モニカは信仰深い母親として有名です。ただ聖書のこの個所では、ヒゼキヤの母にしても、ヨシヤの母にしても、知られるとことは殆どありまぜん。しかし、少なくとも、このヒゼキヤから、最後の王ゼデキヤまで、テキストでは必ず母のことが記されています。そしてその母達の生き様についても、殆ど知られませんが、おそらく当っていることは、育った子供をみて、その母親の生き様を知ることが出来るということです。この世で母親としての仕事をする時、子育てにおいても、やはり問われるのは、信仰的な忠実さでありましょう。「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ(マタイ25:21)」と主は言われました。
もしかしたら、まだ子供がかなり成長していても、親の信仰を受け継いでくれていない母親がいるかもしれません。しかし現在子供が信仰を受け継いでいないと言って悲嘆していないで、まだ教育は続いているのだと覚えて、必死に子供の信仰のために祈りましょう。
子供が立派に成長した時、表に出るのは、その成長した子供でも、必ず主は親を覚えていてくださいます。あなた自身の忠実な信仰を通して、子供を育ててまいりましょう。
祈ります。