2007年3月11日
「シュワちゃん」
今週も、E-mail Blessings の更新が遅れました。理由は、日本からの高校生学が来ていることと、シニヤー・ホームのための作業が忙しいからです。
まず作業の方は、生みの苦しみとでもいいますか、最後の詰めに至って、なかなか検査がOKになりません。まるで教会のパーミットを取った時のような感じです。消防局の検査も、アラームと煙探知器が、最新の機種に取り替える必要があります。「それならそうと、最初に言え」と怒鳴りたかったですが、ここで検査官を怒らせると、またまずいので、じっとガマンです。どんどん、余分なお金がかかりますが、仕方がありません。
それはそれとして、高校生を預かったので、今週はあちこちへ連れて行きました。サンフランシスコの観光は勿論、水曜にはサクラメントの州キャピトルへ行きました。
この時の話…・
サクラメントは、その前の週にも二回も行きましたので、ちょっと私にとっては目新さがないのですが、日本から来た生徒は、何しろアメリカ本土は初めての生徒で、やはり州都へ連れて行こうと思ったのです。今までにも何度も、こういう機会には、サクラメントを訪問しています。サンホゼから250キロくらい北東に位置するこの町は、現在カリフォルニア州の州都です。(ちなみに最初のカリフォルニア州の州都はサンホゼでした。)州の行政機能はここに集中しておりまして、勿論、知事もここにおります。
知事といえば、カリフォルニア州の知事は、アーノルド・シュワルツネッガー氏、俗に言うターミネーター知事です。この知事の執務室は、州議事堂の一番下にあります。合衆国のホワイト・ハウスでもそうですが、こういうところに観光客が入れるのがアメリカの特徴です。これまで何度か、連れて行った生徒も、このシュワ知事の執務室の前で、護衛の警察官と一緒に写真を撮ったりしました。シュワ知事夫妻の大きな写真があって、Arnold Schwartznegger の表示があります。
今回も、二人の生徒をその前に並ばせて記念写真でも撮ろうかと思って行ったのです。ところが、議事堂の前に着くといつもと違って様子がおかしいのです。まずテレビのクルーが忙しそうに動き回っていました。直感的に、「今日はシュワ知事がいる」と思いました。同時に、「ということは、今日は執務室には近づけないかな」 と思いました。ところが、議事堂に入ろうとしても、検問では止められません。中には観光客もいます。それでテレビのクルーの一人に、「何かありますか?」と尋ねると、「ウン、もう30分もすると、ガヴァナー(知事)が出てくる」というではありませんか。「それなら、ここにはいられないな」と思いました。ところが、そのテレビの人は、「いや、君達もガヴァナーに会えるよ」と言うではありませんか。半信半疑でしたが、執務室に近づくと、見学にきていた人たち、それは小さな子供たちまで、今か今かとシュワ知事のお出ましを、執務室の前で待っているのです。
「これはすごい時に来たものだ」と思って、日本の生徒と、シュワ知事を待つことにしました。しかしテレビのクルーの人たちがいては、なかなか見るための、いいスポットは確保できません。それでそこにいたアフリカン・アメリカンのシークレット・サービスの人に、「この子達は、日本から来ているのです。是非シュワ知事に会わせてやって下さい」と頼むと、彼はとても親切に、「シュワ知事は、ここを通る」とその歩いて行く通路を教えた上、「ここで待っていたらいい」と、見える場所まで指示してくれました。
その間、我々の前に、何人もの人たちが、立ちはだかったので、「あのシークレット・サービスの人、いい加減なところに我々を追いやったのじゃないかなあ」と心配になりました。30分などとてもとても。おそらく1時間以上待ったでしょう。我々の前の人だかりが、あっという間になくなり、屈強なシークレット・サービスが並びました。そうしたら、テレビのクルーの側でざわめきが起こりました。私たちは、執務室の前にいることは出来ませんので、執務室に続く廊下のようなところにいたのです。その頃になると、我々の待っているところは、殆どだれもいなくなって、我々の他は、ほんの数人になってしまったのです。何とか彼の顔を見たいものだと思いましたが、「やはりここはだめかなあ」と思った瞬間、シュワ知事の顔が見えました。テレビのカメラの方に手を振ったかと思うと、突然方向を変えて、我々が立っている方向に歩いてくるではありませんか。ですから、まったく真正面にです。そして我々の立っている位置のすぐ手前で、左折して、特別通路を通って、外に向かったようです。まったく、一メートルそこそこの距離まで、しかもニコニコ笑いながら、我々の前を通りすぎたのです。
映画と同じ顔、やっぱりがっしりした体格です。思わず、デジカメのシャッターを切ったのですが、ああいう場合、デジカメはだめですねえ。一番近づいた、一番いいチャンスの時に、連続的にシャッターが切れないのです。それでも、私の場合は、多少写っているのが一枚ありましたが、二人の高校生は、見とれていて、シャッターも押せなかったというのです。
正直、サクラメントまで、ただ議事堂を見に行くだけでは、「ちょっと片道2時間のドライブはきついかなあ」と思いましたが、私も二人の高校生も、大満足の放心状態。実はこの高校生、シュワちゃんの『ターミネーター』が大好きだったのです。
1984年に、私たちは時の、レーガン大統領を直接見ました。あの時は、ウーンと遠いところで見た、エアーホース・ワンに手を振りながら乗り込むレーガン大統領でした。けれども、今回はほんの1メートルくらいまで近づいてくれたのです。大体、ああいうコースで我々の方に来るとは、予想だにしなかったのです。重ね重ね、あのアフリカン・アメリカンのシークレット・サービスの人には、感謝でした。
実は、この日は、家内も一緒に行く予定でしたが、ちょっと体調不調で、家内は休んだのです。実は、家内は大のシュワちゃんファンで、その話をすると、悔しがること、悔しがること。
それにしても、今日の話は、あんまり霊的ではありませんね。ゴメンナサイ。

この後、どんどん我々のところに来て、我々の一メートル位前で、左へ (写真だと右側)に曲がり、見えなくなりました。