2007年5月20日
ルークの結婚
昨日、私たちの息子のルークが結婚式を挙げました。これまでお祈りし、ルークがここに至るまで応援してくださった皆さんには、本当にありがとうございます。
お相手は、韓国のチョイ・カユンさん。「どこで知り合ったのですか」ですって?
ルークは、シカゴにいる頃、ハロルド・ワシントン大の先生をしていながら、シカゴ・シティー大で、中国語を勉強していました。そして日本の関西学院大への就職が決まった時、日本に行く前の3ヶ月間、台湾で中国語の研修をしました。台北では、この三月私たちのところで洗礼を受けたボボちゃんのお宅にお世話になりました。その中国語の研修中、ルークより二年先から、中国語の研修に来ていたのが、チョイ・カユンさんです。
カユンさんは、ルークには英語で話そうとしますが、ルークはまだそう上手でなくても、中国語の研修のために台湾に来ていたので、自分では中国語でしか話さなかったようです。カユンさんはルークより、中国語は上手で、それからもっぱら二人の会話は中国語になりました。二人はそれから、急速に接近しました。ですからルークはプロポーズも中国語でしたそうです。私は中国語は分かりませんが、カユンさんとボボによれば、ルークは短い期間に、非常に中国語が進歩したようです。
長い話を短くすると、そういう経過でこの2月婚約いたしました。私どもは「それは良かったけど、結婚式までに、一度、アメリカに連れて来い」と申しましたが、どうも韓国の場合、きちんと仕事を持っていないと、アメリカにわたるヴィザが取れないそうです。台湾で学生をやっていたカユンさんは、結婚前にアメリカに来ることが出来ませんでした。私たちとしては、「結婚式の時が、嫁に会うのが最初というのでは、どうも…」ということで、結婚式の三日前、つまり十六日の水曜、私たちがルークが住んでいる宝塚に参りまして、そこで初めてカユンさんに会いました。私たち夫婦は、初めてでしたし、私たちとの会話は、英語しか方法がありませんでしたが、初めて会った時から、まったく違和感がありませんでした。「ああ、息子は良い方にめぐり合ったのだ」と思いました。カユンさんは、英語もそこそこに出来る方でした。(現在は、日本語学校に通って、日本語研修中)
結婚式の二日前、木曜には、娘のキャロルがアメリカから到着しました。ルークのベストマンの、ナット・ヨーカム君も、はるばるオクラホマ州タルサから来てくれました。結婚式は、阪急の大阪駅(梅田と言います)にある、梅田十七番街ビルの十七階で行われました。そこは現在ルークが通っている教会が、借りている場所です。ルークは、日本で日が浅いですし、カユンさんも韓国の方ですから、そう知り合いがありません。それでも60人くらいのお客さんがあったでしょうか、こじんまりした結婚式でしたが、とても楽しい、しかし霊的な、いい結婚式でした。
ルークはこの教会を、職場の英語の先生の同僚から知らされて通い出したので、会衆の中には、牧師先生も含めて、英語のできる人が随分いたようです。またカユンさんと、韓国から来たお客さんがいましたので、韓国語の通訳の人もおりました。
結婚式の主なところ、たとえば誓約などは、牧師先生が日本語で話し、それに英語の通訳が入り(ルークは日本語が分かりますが、英語圏のお客様のため) ルークが英語で答えるという形です。カユンさんの場合は、牧師の日本語を韓国語に訳し、それをカユンさんが答えました。時々、コミュニケーションがクリヤーでないと、二人はどうも中国語で確認していたみたいでした。
教会での結婚式のあと、同じフロアーのレストランで食事をして、それから、もう一度式場へ戻り、リセプションの続きです。今度は、二人は韓国の伝統衣装を着ました。また韓国の伝統的らしい、結婚の儀式をしました。日本式の三々九度の杯を交わすというような儀式がありました。お酒かなと思いましたが、水でした。そして夫サイド、つまり私たち夫婦の前に、新郎・新婦が、「よろしくお願いします」という感じで、ぬかずくのです。私たちだけでなく、私の弟たちにも、充江の兄夫婦にも、同じようにしました。まだキリスト教信仰者ではないカユンさんの家族のことを考えると、彼らの意向に沿って、これをしたのは良かったと思います。
私は、これに宗教的な意味があるのか心配だったので、ミズーリ時代の神学校の友人で、ソウル改革派神学校の先生をしているナ・ヨンファ先生に尋ねてみました。彼が言うには、「宗教的な意味はない。ただ伝統で、韓国の教会でも、そういうやり方を見ます」ということでしたので、安心して受けました。ナ先生は、カユンさんが韓国にいる時、短い期間に二回も結婚カウンセリングをしてくださったそうです。
この結婚式は、ルークの意向や、ここの教会の方たちが、アメリカの生活を知っている人が多いので、いくつかの点で、ある方たちにはユニークでした。キスをする場合も、日本の場合は、まだ二人は照れていて、軽く短くが多いと思いますが、ルークの場合は、アメリカ的で、「もう、いいだろう」と思えるくらい長かった。レセプションの時に、ダンスがあったのにも、驚かれた方がありました。昔の日曜学校の教えには、「ダンスせず」と言う教えがあったからです。新郎・新婦のファースト・ダンスといのは、アメリカでは普通で、ないとおかしいくらいです。新郎・新婦が踊りだし、やがてお客さんが加わりますが、まだ日本では慣れていないので、「どうぞ皆さん、お加わりください」のお勧めに、最初に出て行ったが、我々、その他、アメリカ人夫婦、そしてアメリカ留学から帰った人など、ほんの数組。このダンスが日本で定着するには、まだ時間がかかるでしょう。
私の親族には、ノン・クリスチャンのお客様もおりましたし、クリスチャンのキリスト教の結婚式は初めてという人もおりました。あとで、「キリスト教では、お酒は飲まないのですか?」と尋ねられました。クリスチャンの多くは、お酒を飲まないので、お酒がなくても違和感はありませんが、その方はお酒が好きな方でしたから、ちょっと気の毒なことをしました。
こうして、和やかな結婚式はお開きになりました。ルークは、学期中ですから、金曜まで講義があって、その晩リハーサル、土曜に式、一晩大阪市内のどこかのホテルで過ごして、翌日曜は、彼らの教会に現れたと、私たちがアメリカに戻ってから聞かされました。「ヘェー」と思いましたが、オクラホマ州タルサから来てるお客さんがいたことを思えば、この計らいは粋だと思いました。その理由は、別の機会に。