2007年6月17日

バベル

  と言うと、いわゆる信仰深いクリスチャンは、すぐに創世記11章の、「バベルの塔」のことを思い出すだろうが、この節の人々は、この春日本でも公開された「ブラピ」*の映画を思い出すことでしょう。チエコさんというロー亜者役をやった日本の女優菊地凛子さんが、助演女優賞にノミネートされたことも、大きな話題でした。(*ブラッド・ピットと呼ばれるアメリカの人気男優。日本では、そういう呼び方をされます。)

  私ども夫婦も、あれはアカデミー賞の発表の一ヶ月くらい前に、観て来ました。悲しい映画でしたが、コミュニケーションというものが、いかに大切か、そしてそれがないことが、どれだけ不安で、悲しいかということを教えられました。

  映画の批評は、さておき。

  ルークの結婚式に、アメリカからベストマンがやってきました。日本では仲人とかは、ご夫婦がする場合が多いのですが、アメリカでは仲人という感覚ではないでしょうが、新郎・新婦には大体ベストメンと呼ばれる、新郎・新婦の友人が一緒について参ります。大規模な結婚式ですと、それぞれに数多くのベストメンがつきますが、ルークとカユンの場合は、彼らの友人が日本に少ないこともあって、それぞれ一人ずつでした。カユンの方は、台湾で一緒に中国語を勉強した日本人の方ですから、日本のことは分かっておりまして、何も問題ありませんでしたが、ルークのベストマンは、オクラホマ州タルサから来たナット・ヨーカム君でした。大学時代の友人です。

  日本人がアメリカに行くのと訳が違います。このナット君、まずオクラホマ州出身で、アメリカから出たことがありませんでしたし、日本語が分かりません。インターネットで、大阪駅前の、何がしというホテルを予約して、やっとの思いでホテルにチェックインしましたが、たった一人で何をしていいのか…・。ルークは土曜の式ですが、何しろ金曜まで講義があり、とてもナット君についているわけには行きませんでした。木曜にキャロルが来て、やっと自由に英語がしゃべれる相手が見つかってほっとしたようです。ルークとキャロルは同じ大学でしたから、ルークの友人であるナット君も知っていました。しかしキャロルはルークのアパートがある宝塚に泊まり、ナット君のホテルは大阪駅前ですから、予定がなければ、金曜は殆どホテルで缶詰みたいでした。

  木曜の夜、それを知った私は、「おいおい、わざわざ日本まで来てもらって、日本の何も見ないで返すなんて、…可哀想じゃないか」と言うわけで、金曜の朝、私とキャロルは大阪に出向いて、彼のホテルからタクシーで大阪城に向かいました。家内は、やはり韓国から来て一人ぽっちのカユンについていました。

  私は岐阜県出身で、名古屋が近いですから、「尾張名古屋は城でもつ」というように、名古屋のお城が一番かと思いましたが、さすが太閤秀吉殿下のお建てになったお城が基礎になっている大阪城は、日本一だと思いました。何がすごいかと言うと、石垣の石の大きさです。名古屋城も大きいが、大阪城の比ではありません。天守閣にも登りました。実際の太閤殿のお建てになったものは、現在のとは比較にならぬほど大きかったそうです。実は、私は十分に歴史を楽しむことが出来ましたが、ナット君は、あんまりそういう歴史は分かりません。けれども豊臣秀吉の着たような衣装を着て、写真を撮りました。淀君と秀頼の最後の場所と言われるところも見ました。

  大阪城の見学のあと、地下鉄で心斎橋。道頓堀へ行きました。浪花一の繁華街だけあって、それは賑やかでした。「大阪は食い倒れ」と言いますから、是非何かおいしいものを食べようということになって、タクシーの運転手さんに、法善寺というのはどこかと尋ねました。私は、昔、藤島恒夫さんが、「月の法善寺横町」という歌を歌っていたのを知っていたからです。タクシーの運転手は、「あそこは混むから、行くなら、早めに行った方がいい」と言われて、夕方5時頃に行きました。あの「月の法善寺横町」にもあった、水掛不動さんもありました。私たちは、そこで食べ放題のしゃぶしゃぶを頼みました。イヤー、おいしかったし、おなか一杯頂きました。お肉のそういう食べ方を知らない、ナット君が喜んだのは言うまでもありません。金曜の晩は、結婚式のリハーサルをして、もう一度ナット君をホテルに送って、私たちは宝塚に引き上げました。

  土曜の当日は、荷物があったので、私たち夫婦は車で式場入りしました。前の晩に、「ヘイ、ナット、君は明日も迎えに来て欲しいだろう」と言うと、「いや、実をいうとそうなんだ」と言います。それで式の前に、彼を迎えに行きました。ルークは「ダッド、大丈夫だよ」と申しましたが、文字が読めない、混みいっていて勝手が分からない大阪駅前で、「ナットのことを考えてやれよ」と言うと、ルークも「ダッド、ありがとう」と言いました。

  事実、大阪に住んでいない者が、あの東西南北の感覚が取れないところで、梅田17番街ビルを捜すのは日本人でも大変です。

  式が終わって、「もう自分でホテルへ帰れるね」と言うと、ナット君はうなづきました。

  それからが大変でした。結婚式に使った道具や、ルークとカユンの荷物があって、私はその荷物を、梅田17番街ビルの17階から、梅田三番街ビルの駐車場にある車まで運ばねばなりませんでした。大きな荷物をもって往復したあと、最後の荷物を持って車に急ぎました。ところが後ろを付いて来ているとばかり思っていたキャロルを、見失いました。キャロルの携帯に電話しても出るはずがありません。携帯を車に忘れていたからです。

  私たち夫婦は、散々梅田駅の中を捜しましたが、どうにもあの雑踏の中では見つかりません。2時間くらい経った後、ルークから電話が来ました。「ダッド、キャロルはJRの宝塚駅にいるよ」と言うのです。それで「そこを動くな言って」と申しましたが、どうもコインが無かったのか、電話が切れてしまったようです。

  大阪駅前から、宝塚はそう遠くはないのですが、スイスイと言うわけではなく、車で40分くらいかかったでしょうか? そうして宝塚に着きましたが、案の定いません。「お金を持っているだろうか?」「説明ができるだろうか?」心配しました。

  キャロルは私たちの娘ですが、日本語はルークと比べると、相当劣っています。読み書きは出来ません。車の中で、途方にくれてルークに、「連絡があったか」と電話すると、「ダッド、キャロルは西宮北口にいるよ。もう電話をかけないでくれよ」怒って申しました。そりゃそうでしょう、結婚した晩に、散々電話をかけられたら、どのカップルでも閉口するでしょう。そのあとすぐに、また電話がありました。「こちらは西宮北口駅の交番ですが、キャロルさんという方を保護しておりますが、お父さんでしょうか…・」

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   おまわりさんが、「保護しておりますが…」ということを言われたので、笑ってはいけないのですが、夫婦で思わず笑ってしまいました。キャロルはいい大人なのです。

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   実は、これが「バベル」の不安なのです。ブラピ演じるリチャードと、ケイト・ブランシェット演じるスーザンが、モロッコで事故に巻き込まれます。現地の少年の放った弾丸がスーザンに当って、モロッコで手当てを受けるのですが、言葉や習慣が違うモロッコの田舎で、スーザンは、何をされるか分からないと感じて悲鳴を上げます。

  日本であっても、どこに行くのか、どこに行っていいのか分からない、書いてある案内・標識が分からない、うまく説明が出来ない、キャロルは相当不安だったようです。それでも、私がトラさん映画をよく観ていたので、トラさんの教えのように、困った時には交番に入ることは覚えていたようです。(アメリカには、これはない。)

  アメリカに戻ると、ナット君からメールが入っていて、「ミスター・イシハラ、日本では、短い滞在でしたが、あなたの計らいで、安心して、大阪を楽しむことが出来ました。ありがとう」とありました。

  心が通じるためには、言葉が通じることが大切ですね。ルークとカユンは、お互いが第二外国語(中国語)でのコミュニケーションです。お祈りください。

韓国の民族衣装での結婚式          法善寺でしゃぶしゃぶを食べるナット君

大阪城で太閤様の衣装を着て喜ぶナット君    結婚式の後、私たち夫婦とナット君