2007年8月26日

瀬戸内寂聴さん

  
先回の続きみたいですが、8月の読書で、季刊『文芸春秋』は、面白かった。日本人の宗教が特集で、そのはじめに瀬戸内寂聴さんが書いています。驚いたことに、この作家で天台宗の尼僧は、「私は幼い時から構ってもらえないので独りで遊びを覚えた。同じ町内にインマヌエルの教会があったので、日曜ごとにそこに行き、讃美歌を歌い、牧師さんのお話を聞いた。私は仏教より先にキリスト教に触れていた」と言われます。そればかりか、私はこの方について、経歴まで詳しくは調べたことは無かったのですが、彼女はミッション系の東京女子大で学び、「創立者の新渡戸稲造氏も、安井てつ学長も、立派なクリスチャンであった。安井先生の毎週の祈りの声は朗々としてたくましく、今でも私の耳にも心にもありありと残っている」と書いておられます。さらに、「カソリックの作家の友達が多い。私も遠藤周作さんの導きで、まさにカソリックの洗礼を受けるところまでいった」と言われます。

疑問の一つは、何故これほどキリスト教に触れていながら、瀬戸内さんはキリスト教に来ず、仏教に言ったのか…・。少なくとも、この短い文の中には、その理由は記されておりません。ただ、もうちょっとでクリスチャンになるところだったんに、「仏門に入ったのも、不思議だが、これこそ仏縁というものかと解釈している」と言われるのみです。
 
 この文によれば、瀬戸内さんが出家なさったのは、御年51歳の時。中尊寺で、かの今東光師を法師として剃髪をなさいました。遠藤周作氏が伝道なさっていたのも、おそらくこの頃でありましょう。

 瀬戸内さんは、「不倫は最高の醍醐味」などと言われる方で、彼女のこれまでの生涯を題材にしたドラマから垣間見ると、若い頃は相当乱れた生活をなさっていたようです。私は、遠藤周作氏はかなりいい加減なカソリックと思っておりましたが、彼のいくつかある恋愛論などを読めば、基本においてはかなり堅い、正統的な方という感じがします。ノラリ、クラリとしたカソリック信仰のようでしたが、ちゃんとこうやって仲間内の作家に伝道なさっています。確か作家の安岡章太郎氏は遠藤周作氏の伝道でカトリックの洗礼を受けておられると思います。ですから彼は、「晴美(寂聴さんの前の名)ちゃん、そう悩むことはないよ。イエスは物分りのいい男だよ。姦淫の現場で捕らえられた女、売春婦、そういう人達だって、イエスのもとに来たら赦されているんだ」…といった感じで伝道なさったかどうかは知りませんが、瀬戸内氏のそれまでの生活に対して、遠藤氏ならキリストの非常に寛大な憐れみと赦しを説いたと信じます。それに比べ、今東光師は僧侶でありながら遊び人の、生臭和尚と当時でも評判でした。中尊寺の本堂で、ストリップ・ショーまでやるおおらか(?)さでした。そして彼女は、今東光師の仏教の方を選んだのでした。

 遠藤氏の作品の中には、カトリックの懺悔のことも記されています。いい加減な懺悔であっても、カトリックになったら、それを避けては通れなかったでしょう。この点、仏教の場合は、告悔などという気に障ることを尋ねられることはないでしょう。もっとも、瀬戸内さんが仏教を選んだのは、他に理由があったのかもしれません。

 ただ私は、「私は、今迷いもなく、まことに幸福である。仏教も、文学も、人に『寿福』を与える尊いありがたい使命を与えられたと思っている」と結んでおられますが、果たして生涯そういう風に思って生きることが出来るかどうか? 私は瀬戸内さんが、これだけ曲がり道をしたとしても、幼い頃に聞いた福音を思い出し、大学生時代に聞いた師の祈りを思い出し、あるいは壮年になって触れた遠藤周作さんの伝道を思い出し、キリストのもとに戻ってこられるように祈ります。