2007年9月9日

『証詞』ということ

  私達のようなペンテコステ派とかカリスマ派という教会は、証詞というと、どうも、「祈ってガンが癒された」「xx億円が与えられた」とか、威勢のいい証詞が注目されがちです。祈ってガンが癒されることは素晴らしいことでしょう。何かお金が必要な時に、思いもかけず、そういう大金が与えられることも、感謝なことでしょう。

  私はそういう癒しの信仰が無いわけではありませんが、さりとて自分に、誰かのために祈ったら、たちどころにその人が癒されたというような、癒しの賜物があるとは、…・少なくとも、今まではありませんでした。今後はどうか…・おそらく今後も、病の人のために祈ることはありますが、「みこころならば、癒される」という理解でしょう。病の癒しというのは、確かに神のお働きでしょう。しかし、「信じたら救われる」というような、普遍的でないことは、明らかです。どんな有名な癒しの伝道者が祈っても癒されない病はあるでしょう。しかし、それで主が癒し主であるという真理が崩れるわけではありません。

  想像も出来ないような大金が与えられた経験はあります。ですから会堂が買えたのです。今、不動産価格が、殆ど全米一、二を争う高額なサンホゼで、現在私達の会堂のある場所に、会堂を買うなどということは、気が遠くなるような難しいことに思えます。

  証詞の話にもどります。私は証詞という場合、派手な証詞、いわゆる度肝を抜かれるような話より、どちらかと言うとマイナーな証詞を喜びます。たとえば、「毎週礼拝に通い続けて30年になります」とか、「今年も聖書を通読することが出来ました」とか、「宣教献金をし続けて30年」とか…・。つまり一発ドカーンという証詞より、ポテンヒットの積み重ね、イチロー的証詞が好きです。ホームラン王のA・ロッドと比べると、ヒットを打ち続けるイチローは地味ですね。しかし、私はクリスチャンの証詞というのは、むしろイチロー的な証詞に価値があると信じます。

  先週、シーサイドの婦人達が私達のシニアー・ホームを見学に来ました。そして口々に、「長い間のご努力に、敬意を表します」という主旨のことを言われました。正直、私はそんな努力というような思いではありませんでした。ただお金がないところで、この事業をオープンするために、必死でこの四年を過ごしてきまたということは言えます。教会堂の使用許可を取る時は、なんと十年を要しました。私の四十代の殆どは、この小さなカリフォルニアの星教会の建物を会堂として使えるようにする働きに費やされました。そして53歳から57歳までは、今回のこのシニアー・ホーム開設のために費やされました。

  アブラハムと言う人は、いまでこそ「信仰の父」などと名誉な呼ばれ方をしますが、あの当時は、何のことはない、ただ主が仰せになったことを、行ってきただけです。それが彼にとっては「すごい証詞だぞ」という気負いなどありません。その従い方でも、ある時には疑いながら、ある時には複雑な思いで、ただそれでも主に従ってきたのです。地味な信仰者としての歩みです。私は、そういう証詞を喜びます。

  先週、General Council of the Assemblies of God から、私達の教会が、ソブレン・チャーチとして認証されたという証書が届きました。言ってみるなら、独立法人として承認されたということです。私達は、最初から Assemblies of God に属して、その中の一つの伝道所として活動してきました。もしこれが団体に属さず、最初から単立でやっていたら、最初から独立法人格は取れたのです。(アメリカでは、教会を始める場合、法人格を取らないと、税控除団体の資格がもらえないので、どんな小さなグループでもこれをとります。そして法人格を取ることは、日本のように難しくないのです)しかし、私達はあくまで、組織の一員としてやってきました。これは、単立にありがちな、暴走をふせぐ意味でも良かったでしょう。団体に入ると、団体の規則にひっかかりますから、法人格をとることが遅れます。それは、国税局で認められる前に、団体で認められる必要があるからです。

  今から22年前、私達は三つの目標をもちました。それは 1.専任の資格ある牧師がいる日系アッセンブリー教会 2.自分達の会堂を持っている日系アッセンブリー教会 3.自主経済の日系アッセンブリー教会 です。

1.                                                                                                                                                                                                         は最初から私が赴任しましたので、一番最初にクリヤーされました。もっときつく言うなら、私が按手礼を受けた87年にはクリヤーできたと言えます。アメリカには、殆ど神学訓練を受けていないセルフ・オーデインドの、伝道者がかなりいます。こういう人たちは、時々大きな問題を引き起こします。なにしろ単立でやっているケースが多いので、チェックが効かないのですね。

2.                                                                                                                                                                                                         1992年に会堂を買った時に、クリヤーできたと思いましたが、それは誤りでした。実は2002年に市から会堂としての使用許可を取るまでは、ダメでした。しかし、2002年にはクリヤーしたのです。

3.                                                                                                                                                                                                         はまだまだです。今でも、教会外の心ある方たちからの献金を受けています。今回シニアー・ホームが完成したことで、この方面で、もう少し自立できることを願っています。しかし、自主経済の教会になるという点では、この今回の、General Council of the Assemblies of God からの、ソブレン・チャーチとしての認証は、どうしても必要でした。この認証は、さらにカリフォルニアの星教会が、一人前の教会として認められることに近づきました。これまでは、北カリフォルニア教区の傘の元にある、教会でしたが、これからは全部のデシジョンをカリフォルニアの星教会の内部でやることになります。ますます、責任が重くなります。

 

証詞と言うのは、地味でいいのです。遅々たる歩みでも構いません。派手でなくても構

いませんいません。結果に目を奪われず、ただ黙々と主に従い続ける歩みが、立派な証詞であると思います。