2007年9月16日

ラヴォロジー(8) お金がない?

 よく、「まだお金がないから、結婚できない」と言う人の話を聞きますが、それを聞くと、私には何かお金が愛を結ぶ決定的な要因のように聞こえてしまいます。聖書は、「互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯として完全なものです。(コロサイ3:13-14)」と言います。

  我が家のキャロルがプロポーズを受けた時、今、夫となっているチャールズ君はまだ学生でした。日本人のクリスチャンでも、「お金がないから…・・」と考える人がおります。そしてそういう人は、「石原先生は、よくもまあそんなお金もない学生のところに娘さんを嫁がせますねえ」と言いました。ところが私達ときたら、お金と言う点で考えれば、娘達より不安に見える状況で結婚生活を始めましたから、娘の結婚についてはあまり心配をしませんでした。今考えてみれば私達が結婚する時、妻の母がポツンと、「男は妻を食べさせて行かねばならないから…・」と言ったことを覚えています。厳密に考えれば、「食べさせていかねば」と言っただけで、「いい暮らしをさせてやらねば」と言わなかったのは幸いでした。ですから、娘達の結婚でも、信仰と愛があれば回っていくと考えていました。

  私達の場合は、結婚して岐阜県で開拓伝道をすることになっていましたから、東京で式を挙げて、そのまま車で、寄り道しながら岐阜に向かったのが新婚旅行でした。岐阜に到着しても、もらったお祝いなどで借りた6畳二間の長屋で新婚生活が始まりましたが、生活するための仕事がありません。「さて…」と考え、祈っていたら、妻の方は名古屋にある無認可の幼稚園を持っている教会から、幼稚園の先生として来てくれないかというオファーがあって、そこで働くことになりました。私は一応、伝道しなければならないので、(*)フル・タイムの仕事にはつかず、朝新聞配達をして生活費を稼ぐことにしました。

  岐阜県での3年間は、荒野の生活…・などというようなものではなく、「こういうパターンでは、ダメだな」ということを知る3年でした。

  知っていただきたいポイントは、この結婚生活の初めから今日に至るまで、私達夫婦は、お金の面ではいわゆるこの世の人達がうらやむような生活をしてきたとは思っていませんが、二人でよく話すのは、「お金がある人達は気の毒だよねえ。あんなにお金があっても、あんなに貧しい結婚なさって…・」と言うことです。つまり、それほど私達の結婚生活は豊かだということが自信を持って言えます。

  「お金がなければ結婚できない」と考える人は、やはり相手もそういう風に考える人でしょう。婚約指輪は最低200万はするダイヤという風に思っている方は、それだけ貯めなければならないと思うでしょう。そしてそういう相手は、2カラットの指輪を、1.5 カラットに下げれば、生涯何かのおりにぶつぶつ言うでしょう。しかし結婚して二人で生活を建て上げていこうと考えるカップルは、例えば、スティーブ・マーチンのコメディー『Father of Bride』に出てくる娘達夫婦のように、フリー・マーケットで買った安物の指輪でも婚約指輪になるのです。ある時私は、「お金がないからまだ結婚できない」と言う青年に、「カモーン、『大草原の小さな家』に出てくるドクター・ベイカーは、針金を曲げてこさえた婚約指輪をあげたよ。そして相手の娘さんはそれを本当に喜んだよ」と話したら、「パスター・エイブ、今日はそうはいかないですよ。みんな最低8000ドルは婚約指輪に使っていますから」と笑っていました。

  おそらく本当に愛しているならカラットの大きさや、その石の種類で左右はされないと思います。また本当に愛しているなら、ポルシャやマスタングGTでなく、カローラに乗っている青年でも、そういう持ち物によって左右はされないと思います。また、本当に愛しているなら、どこそこのないがしというフランス料理かイタリヤ料理か知りませんが、高級レストランに行かねば満足しないとは言わないでしょう。妻の作る手料理を、「おいしい、おいしい」と言っていただくでしょう。

  「お金は天下の回りもの」と言います。なければないで回っていきます。しかし愛がなければ、お金があるときはまだいいのですが、無くなった時は、簡単にその関係も壊れます。そして「お金が」という人達の、その「お金」の基準はなかなか下げることが出来ません。ですから何かの事情で、お金が入らなくなった時、はたから見ているとまだ十分やって行けそうでも、ダメになるのですね。一番お金があって、贅沢な生活をした標準からなかなか下げられないのです。お金があるかどうかは、結びの帯としては、極めて不完全です。繰り返します、「愛は結びの帯として完全なものです」