2008年1月6日

  新年の日曜学校

 

しばらくお休みしていた日曜学校でしたが、新年から思いも新たに、また始まりました。時間は日本語礼拝が終わった11時45分から、12時30分までです。新年になって、新しい生徒が二人加わりました。6歳と4歳のの女の子RチャンとL ちゃんとです。それに昨年からいた4歳の男の子 Kクンと女の子のMちゃん、そして3歳の私の孫のカイ君です。

 何しろまだみんな小さいので、去年までやっていたようなパターンでの日曜学校、すなわちいわゆる教室でお話することは、難しいのです。しかし私の日曜学校での目標は、幼くても聖書のお話を教え、暗誦聖句をさせ、お祈りを教えることになります。

この日曜学校の時間帯は、大人は別の青年指導者によってセル・ミーティングをしています。

 今週から、前にやっていたように、暗唱聖句のカードも渡し始めました。どの子供も同じように覚えるかどうかは、能力ということもありますから、一様には行かないでしょう。しかし鍵は親がどれくらい、子供の信仰教育に力を入れるかで、小さな子供でも、聖書を覚えます。事実、我が家の3歳の孫のカイは、今、すでにヨハネ3:16を英語でなら暗唱できます。それは親が、教えるからです。

 2年前に日曜学校を始めた時も、同じようにカードを渡して暗唱聖句をさせていました。そうしたら当時4歳だった女の子が、懸命に暗唱聖句をするので、私はてっきりそのカードを見て暗唱してきたと思って、「○○ちゃん、すごいねえ。君、もう英語が読めるんだ」と言ったら、お母さんが「先生、○○はまだ4歳ですよ」と言われて恥をかきました。4歳の子供が、英語をそんなにスラスラ読んで暗唱できるはずがありません。そうです、親が口承で教えるのです。特に母親の、子供の信仰教育に対する信仰が、子供の信仰につながります。

  今朝は、私が昔からやっている、「福音の汽車」を歌いました。これは K君が大好きだからです。私が大昔にやって遊んだように、ヒモを輪にして、その中に子供たちが入って、会堂の中を走るのです。私はギターで歌います、6歳のRチャンが、ドラムで、リズムを刻みます。この6歳の女の子がケッコー、リズムが取れるのです。

  ふくいんのきしゃにのってる

  てんごくいきに ポッポッ

  つみのえきからでて もうもどらない

  きっぷはいらない しゅのすくいがある

  それでただゆく ポッポッ

  ふくいんのきしゃにのってる

  てんごくいきに

 最初は、ゆっくり、そしてだんだんスピードを上げます。そして「新幹線だ!」と叫ぶと、みんな大興奮。そして二、三回回ると、機関士と車掌さんの交代。

お祈り」は、短くても、一人一人、全員にさせます。まあ、生徒が少ないことが幸いしています。みんなでお食事の時も、日曜学校の生徒全員に、お食事の前のお祈りをさせました。それまで、なかなかお祈りをしなかった一人が、この日は私に、「知らないもん、教えて」と言うので、私のあとに続いて祈りました。それを聞いていた母親は、涙ぐんでおりました。

 お祈りが出来るようになることは、私達の人生で非常に大切です。私達はどんなことでも、自分一人で出来るわけではありません。必ず人生では、壁にぶつかる時があります。その時に、全能の主に、「主よ」と呼びかけることが出来ることは、幸いです。

 「ふくいんのきしゃ」で、大騒ぎした後、今朝の話は、天地創造でしたが、みんなとても素直で、よく話を聴いてくれました。K君を寝かせて、「神様は、土からこうやって、男の人をお造りになりました」と話すと、みんなワイワイ大騒ぎ。そして今度は、「ちょっと男の人だけではかわいそう。女の人もお造りになりました」と、そのK君のあばら骨を取る真似をして、Mちゃんを立たせました。また、また、みんな大騒ぎ。

  こうして、最初の日曜学校は、楽しく終えました。

(以下のブログから、抜粋)

http://blogs.yahoo.co.jp/abeishihara/archive/2008/1/8?m=lc