2008年3月2日
ラヴォロジー(9) 不品行と離婚
以前、ハーヴェスト・タイムという番組で、アメリカ事業部の主事をなさっていた川端という先生がおられたと思います。私はお会いしたことはありませんが、その川端先生が、何か(クリスチャン新聞かも知れない)に・・・・「妻は、私に『浮気をしたら離婚だからね』と言いました。巷では、浮気も男の甲斐性などといわれることがあるし、一回、二回の浮気も赦せないほど、心の狭い・・・・などと、まるで裏切られた側が責められるようなカウンセリングを聞くことがありますが、私は妻のその言葉を重く受け止めています」というような主旨のことを書いおられました。
要するに、浮気をしたら、裏切った方は、一方的に離婚されても、仕方がないということです。「赦し」というのは、一方的なお恵みであって、裏切ったサイドが要求するものではありません。先に裏切った側が悪い、・・・まあこれは鉄則でしょう。
川端師の意見は短いコラムのような文でしたし、随分昔のことですから、はっきりとは覚えていませんが、恐らくほぼ似通った意見だろうと思います。私は川端師の奥様の、「浮気をしたら離婚だからね」という考えは、しごくもっともな考えだと思います。
最近借りてきた歌番組のDVDを観ていたら、(これは懐かしい昔の歌の番組) ヒロシ & キーボーとかいうコンビの歌で、「三年目の浮気」 という歌があったみたいですね。私達がアメリカに来てから流行った歌のようですから、私達は、知りませんでした。「三年目の浮気くらい、大目にみろよ」と男の人が歌うと、「開き直るその態度が気に入らないのよ」と女の人が返すのです。
男の側は、ここではまるで赦しを要求しています。世の結婚カウンセラーと称す人達が、よく言うセリフです。そして赦さない側の方が、「心が狭い」と責められてしまうことがあります。男側からの、こんな理不尽な要求も、そういうバカげたカウンセリングも、結婚の意味も、裏切られたサイドのことをも全く理解していません。この場合、被害者は奥様の側なのです。忠実に、一人の夫に尽くしてきたのは奥様の方です。「尽くしてきた? 毎晩、昨日のカレー、チンして食べてたんだぜ。他の女に向かうようになったのは、あの妻が悪いからだ・・・・」などと、よく言えたものです。
時々聴くのは、「どちらにも原因があるでしょう。浮気した側が100%責任があるわけではないと思います」という話です。これもおかしな話です。越えてはならない一線を越えたのは、どちらでしょう。
この場合、奥様が先に他の男の方に走ったのですか? それなら話は変わりますが、他の女の方に走ったのは、男の側が先でしょう?西部劇の国、アメリカなどで良く言うでしょう、先に抜いた方が悪い。先に抜いた側が、撃たれても、撃った側は無罪です。
結婚とは、神と人との前で交わした、契約です。契約は、責任を伴います。例えば、家を買うという契約をして、ハンコを押してごらんなさい。「新しい家で、楽しいなあ」と、新居をエンジョイしていても、毎月の支払をしなかったら、どうなるでしょう。これは契約違反です。銀行はあなた方をたたき出して、家を差し押さえるでしょう。「赦してくれ。待ってくれ」で、銀行はあなた方を、続けてその家に住ませてくれるでしょうか?
結婚は、一人の男性と一人の女性が、その結婚関係の中だけで性的関係を結ぶ時、神はそれを祝福してくださるのです。その契約を破った場合、それは契約の破棄を表わします。
ですから、一方が浮気をした場合、イノセント・パーティー(無実のサイド)は、必ず離婚をすべきとは申しませんが、仮に離婚をしてもそれは責められないことです。
ウェストミンスター信仰基準では、24章の「結婚と離婚」の項に、
婚約後に犯した姦淫または淫行は、結婚前に発見されるならば、潔白な側にその婚約を解消する正当な理由を与える(1)。結婚後の姦淫の場合には、潔白の側が離婚訴訟をし(2)、離婚後はあたかも罪を犯した側が死んだかのように、他の人と結婚しても合法的である(3)。
1 マタイ1:18-20
2 マタイ5:31,32
3 マタイ19:9、ロマ7:2,3
とあります。「俺が先か、あいつが先か、分かんない。お互い様だよ」などという人達もいて、主の前の契約としての結婚と言う点では、乱れきっているのが現代です。そういう人たちは、神の民とは違うカテゴリーの人達と心得て、私共は、しっかりとした結婚関係を、維持したいものです。