2008年3月9日

  Grand Deed 届く

 先週、カウンティー・オフィスから、キャルスター・アッセンブリー・オブ・ゴッド名のグランド・ディードが届きました。すでに名義変更は終っていましたから、これが届くのは時間の問題と思っていましたが、実際に届いてみて、さらにホッとしました。まあ、日本的に言ったら、土地の権利書とでもいいましょうか。

  実は、キャルスター神召教会の土地建物は、その買収の1992年には、牧師である私達夫婦の名前で買われたのです。何故かというと、これが難しい話ですが、当時の私達の教会は、学生さんが多い、いわば寄せ集めの会衆でした。学生さんは数年でいなくなる人達で、教会としては安定性に欠けました。彼らは仕事をしている人ではないので、献金が出来る人は、殆どいませんでした。それでいて、買えそうな物件があって、買ったのが現在の建物でした。

  私達の米国アッセンブリー教団では、私達のようなホーム・ミッション(伝道所)の教会が、自分達の土地建物を持つときには、まず昨年私達が取った法人格を取らねばなりませんでしたが、学生さんばかりの寄せ集めの会衆では、あの当時とても教団が認可するとは思えませんでした。それでは教団の名前で買うということが考えられますが、教団は私達のような群れのローンの肩代わりはしないというのが規則で、とても教団の名前で買うことも出来ませんでした。

  唯一、可能性のある方法が、この牧師である私達の名前で買って、後になって、教会の名前に名義を変えるという方法でした。つまり支払いの責任は、どこまでも牧師である私達の責任です。ただこの方法は、私が日本人牧師だったからやりましたが、普通アメリカの牧師はまずしません。普通牧師という職業の人は名義人や保証人とかにはなりません。自由が利かなくなるからです。しかし私は、これをキリストの栄光のためにしたと思っています。リスクはリスクでした。例えば途中で、私が病気になったり、働けなくなったら、…・最終的な責任は全部、名義人である私達夫婦にかかってきます。また「教会の土地建物を、何故、牧師夫婦の名前にしているのか」という追求も、かわさねばなりません。支払は、すべて教会会計からしているのに、名義が牧師夫婦ではおかしいではないか、ということです。

  その通りです。しかし早くソブレン教会になって、名義を移したいと思っても、教団の中ですと、なかなかソブレン教会になる条件に合わないのです。私達の日本の教団も、おそらくそうだと思いますが、教会になるためには、最低xx人の成人の会員がいるというような決まりがあると思います。

  1992年当時は、それだけ力がありませんでした。しかし、それではその時、買わねばよかったかというと、やはりあの時買ってよかったと思います。というのは、私共の住んでいるサンホゼの不動産の値上がりは異常で、我々が1992年当時、315000ドルで買った、現在の物件は、どう考えても、現在は1ミリオン以上です。なぜかというと、場所が著しくいいところで、しかもそこにハーフ・エーカー以上(坪数にすると、658坪くらい)の土地がある教会だからです。

  不動産業者は、この土地建物が個人のものだということを知っていますから、これまでに「土地を売れ」という誘いがどれほどきたことでしょう。今になっては、もうこういう物件は買えないでしょう。あの時、買って正解だったと思います。

   「何故教会が牧師夫妻の名前になっているのか」という言う人たちをかわすために、「この土地建物は、牧師夫妻のものではなりません、教会のものです」という書面を、公証人に公証させて、教団本部に出しておきました。

   私はこの北カリフォルニア・ネヴァダ教区の南湾地区に来て、もう23年です。おそらく私は、地区では一番古い牧師でしょう。多くのエスニック・グループの牧師が、牧師会には出てこないのですが、私の場合は、殆ど地区の牧師会に出ています。あの頃は35歳だったのに、もう58歳です。「サウスベイの実情は、エーブ石原に聞け」と言われるほどですから、それなりに信用も出来ていました。教会としては、あんまり教勢はないのですが、サウス・ベイの主みたいになった私が牧師をしている教会を、ソブレン教会として認可しないわけにはいかなくなったのでしょう。そういうことでか、昨年遂にソブレン教会としての認可がおりました。そして念願の土地建物の名義を、教会に移したのです。

  もし私達が単立だったら、こんなに時間は必要ありませんでした。法人格をとるのだって、代表役員と責任役人二人、合計3人で簡単に法人格など取れるのです。しかし、私はあくまでアッセンブリーという教団の枠の中で、この取組をして来ました。「単立だったら、もっと簡単だろうに」と嘆いたこともあります。しかし、最後まで教団の枠の中でやるということを諦めなかったことは、よかったと思っています。

   メンバーの人たちに、「あーあ、やっとこれで安心して辞任できる」といったら、「エッ、先生、辞める?それは、困ります」と言われました。勿論冗談ですが、実際肩の荷が下りたことは確かです。