これからの地方伝道私論
日本の教会の将来について、悲観的な観方の論調を聞くことがあります。私達の日本の教団には、200いくつかの教会がありますが、地方ではなかなか過酷な闘いをしている教会が少なくありません。何が大変かと申しますと、なかなか人が救われてこない、従って献金による教会の収入が少ないので、教会の維持が経済的に大変だということです。また当然ですが牧師の生活も大変です。
教会であって、運営をしているわけですから、お金が必要です。何も魔法のように天からお金が降ってくるわけではありません。基本的には、信徒が献げるお金で、教会は維持されます。教会堂のない伝道所でも、教会としての家賃、光熱費、運営費、伝道費、他の教会との交際費、牧師への謝儀など、かなりの費用がかかります。大体、小さな伝道所の場合は、教会のサイフと牧師のサイフはひとつですから、教会に十分な基金が無ければ、牧師への謝儀が削られるということになります。そういう事情の分からない信徒は、「教会会計で買ったらいいではありませんか」と言う場合がありますが、そういう簡単なことではないのですね。そして教会会計から、生活に必要な給料がいただけない場合は、これは牧師がこの世の仕事について働くということが、まあ普通の手です。
ところが、私達が神学生の頃には、まだ先輩の先生方から、「この世でアルバイトをすることは、信仰的ではない。召された者は、福音によって生きるべきだ」ということが、しばしば言われました。それで、生活が大変な若い牧師たちが、外でアルバイトをする時は、多少後ろめたい感じがしたものです。
それは戦後のみんなが貧しかった時代なら、仮に貧しく生きても、そう差は無いのですが、我々が神学校を卒業した当時でさえ、すでにそういう生活は出来ない時代だったのです。それにも関わらず、私達はそういう生活を試みたことがあります。家内は、「もう、こんな生活イヤッ」と叫びました。
ただ、人が救われるという業は主の業ですから、懸命に伝道したら、確実にxx年で自立出来るようになる、という保証はありません。最近読んだ九州の佐々木正明師の「危機」という論文にもあるように、特に地方での開拓伝道は、普通は統計的にも絶対不利でしょう。もし私が、日本の教団に属して、新規に開拓をしなければならないとしたら、地方都市には行かないでしょう。ましてや、地方の名も無い市は論外です。そういう市に住んでいる方々には悪いのですが、牧師も贅沢ではなくとも、普通の暮らしをして生きていかねばなりませんので、仕方がないだろうと思います。伝道の成果には殆ど関係なく、本国から給料がもらえる宣教師などとは、同じにはなりません。
それでも、主が私を、どうしてもとある田舎の町で開拓をせよと召されるなら、まず生活できる基盤を、しっかりと整えることを考えるでしょう。この歳になってはもう就職は出来ませんから、託児所、宅老所、英語塾など、が可能性でしょう。事業をすることを考えるでしょう。私は、少しお寿司屋さんで働いたこともありますので、調理師の免許をとって、お寿司屋さんを始めるのも面白いと思います。
日本のお寿司屋さんは、型にはまり過ぎていて、面白みがないですが、アメリカのお寿司屋さんの、お寿司は奇想天外です。案外、そういうお寿司は受けるかも知れません。家内は、ずっとウェイトレスをしていましたし、客扱いは慣れていますので、田舎で「アメリカ帰りの牧師さんが握る寿司は、随分変わった寿司だよ」と受けるかも知れません。
五年ほど前、私の田舎にお寿司屋さんが出来ました。それで行ってみましたが、なんにも変哲も無いお寿司屋さんでした。私の里のような田舎では、新参の若いお寿司屋さんが、客をつかむには、よそと同じようなことをしていては難しいだろうと思いました。昨年、行った時には、その店は、もうたたんでいました。あれでは、店を閉めるのは時間の問題だと思っていました。
アメリカにある、寿司のケータリングというのも、面白いだろうと思います。なかなか店に人が来ない場合は、出て行って、客に寿司を食わせるのです。
私がサンホゼで、開拓を始めた今から23年前は、まだ私も「世の中の仕事はせずに」という古い考えに囚われていました。もっとも家内は、それで随分犠牲を払ってくれましたが。
私と同じ頃、サクラメントで伝道を始めた、荒井幸喜先生という私の中央聖書神学校の先輩がいますが、彼はお寿司屋さんを始めました。その荒井先生の弁ですが、「サクラメントでフルタイムで伝道していた先生方は、みな日本へお帰りになりました。私は牧師はパートタイムなのです。フルタイムの仕事は、お寿司屋さんなのです。伝道をどれだけ一生懸命やったって、日本人はそう簡単に教会には来ないのですです」と割り切って言い、「アメリカのクリスチャンは、すぐにいなくなってしまいますから、信徒が一人も来なくても、大丈夫と言えるくらい、お金を持っていないのダメなんです」と言われます。そして、「私は、パートタイムですが、九州で伝道していた時より、もっと多くの人々に説教しています」とも言われます。実際そうなのです。
彼はテレビの「ハーヴェスト・タイム」にも出ましたが、現在お寿司屋さんを五店持っていて、(主に息子さんがやっていますから、荒井先生は今は、十分専業牧師です。)経済的には、非常に潤っており、行き詰って、他の日本人牧師のように退散ということはありませんでした。
私達は、とにかくここまでは守られましたが、今、シニアー・ホームを始めてみて、もうちょっと早く、この事業を始めたらよかったと思っています。お金が無ければ、伝道も出来ないのですね。もうちょっとこの仕事が軌道にのることを願っています。
若ければ、きちんと厚生年金、保険など整った、きちんとした会社に勤めることも、いい手でしょう。私の考えでは、パートタイム、アルバイト的な仕事より、ふつうにきちんと働いた方がいいと思います。余計な集会を沢山持たず、礼拝だけやっていればいいのです。
何故、そういう世の中で働くかというと、荒井先生の弁ではありませんが、日本人は、特に田舎では、そう簡単に人々はクリスチャンにはならないからですね。そして若くて救われた、わずかな人々は、都会へ出て行く可能性が大きくて、教会の助けにはならないことが大きいからです。アメリカの場合は、帰国です。
ポイントは、田舎では、信徒が献げて牧師に給料が出せるようになるには、相当確率が低い、あるいは時間がかかるということを知るべきだということです。その間にも、子供は成長するでしょうし、ある程度までいって、家(教会堂)もなかったら、献身している夫婦はともかく、子供たちは不幸ですね。
勿論、都会であっても、普通の暮らしが出来ない時は、世の中の仕事をしてでも、必要とされる金額を稼ぎ出さねばなりません。「車は持ちません。電話は引きません。テレビは観ません。洋服は、一着だけで、余分には買いません。新聞は購読しません。旅行はしません。贅沢は、一切しません」・・・などというケチケチな暮らしは、到底出来ないのです。
若くて、地方都市へ遣わされた人たちは、年齢にもよりますし、そのセンスやタラントにもよりますが、きちんとした会社に就職すること、あるいは事業をすることを、考えたほうがいいように思います。そして日曜に礼拝を守っていくことです。
私の母の行っている教会の、http://www.vcfkani.org/ 細江師は、最初からまず足元を固めることの大切さを知っていた方でした。最初の5年位は、建設会社で大工さんをして働き、そこで住宅金融公庫で、お金を借り自分の家を建てました。公庫で借りたお金も、自分が大工さんですので、随分安く建て上げ、余ったお金で、思い切って会堂も建てにかかりました。わずかな人々は感動して、また献げたので、会堂も完成してしまったのです。奥様はそこで塾を始めました。それが近所では評判の塾になり、経済的にも随分助けられ、大工さんをやめて、専業の牧師になりました。塾は今もあります。そこから救われて来た人も、何人もいます。
借家を借りて、そこでフルタイム伝道をしていて、自立出来るようになればいいですが、田舎では、まあ多くの場合、無理でしょう。
今後、地方の貧しい教会の牧会は、年金をもらって生活できる方々の、働き場として考えたらよいと思います。牧師給は、最悪の場合、払わなくていいのですから。ですから退職した人たちを、伝道者にインボルブするプログラムは考えられるべきだと思います。
2008年4月6日