2008年5月18日
『後継者』 ピリピ1:1(ピリピへの手紙シリーズ)
1:1 キリスト・イエスのしもべであるパウロとテモテから、ピリピにいるキリスト・イエスにあるすべての聖徒たち、また監督と執事たちへ。
今週から、しばらく「ピリピ人への手紙」からのシリーズ説教をいたします。あらかじめお知らせしておきたいことは、これはシリーズ説教であって、決して講解説教と呼ぶべきものではないと言うことです。
さて、「ピリピ人への手紙」についてですが、新約聖書の「・・人への手紙」という場合、「ヘブル人への手紙」以外は、基本的には、場所の名前であり、またそこにあった教会に宛てて書かれていると考えてよいと思います。「人への」という訳ですから、受取人は「人々」なわけですが、これは一義的には、その地方の「クリスチャン」を指しているでしょう。つまりクリスチャンの集りということは、教会ということです。ですから、ある訳では、「ピリピ教会の人々への手紙」というようなものもあります。ただ「ローマ人への手紙」の場合は、その地方の教会へと言うより、もっと広範な人々に対するメッセージという感じがします。
そういう手紙は、新約聖書の順番からいくなら、ローマ、コリント、ガラテヤ、エペソ、ピリピ、コロサイ、テサロニケ、です。そしてこのピリピについてですが、まずピリピという所を覚えましょう。ここは、ギリシャのマケドニア州にありました。パウロの時代はローマの植民都市でした。ギリシャ帝国のアレクサンダーという王様の名前を聞いたことがおありでしょう。そのアレクサンダーの父のフィリッポスの名前をとって、BC4世紀頃、この名がついたと言われています。ただ、その後、ギリシャ帝国は滅んで、ローマが支配しましたから、新約の時代は、すっかりローマの影響下にありました。ユダヤ人も少ししかいなかったようで、ユダヤ教の会堂もなく、婦人たちが川のほとりに祈り場をつくって、そこで礼拝を守っていたと言われています。ピリピの教会は、そんなに大人数の教会であったのではないでしょう。
今日の教会でも、教会員は多いほうがいいと思いますが、救いは主の業ですから、人間の力ではどうしようもない時が普通です。ただピリピの人たちのことを考えると、少ないということは、致命的ではない、むしろ素晴らしい祝福の可能性も秘めていることを知るのです。
この手紙を書いたのは、パウロです。彼は、第二伝道旅行の時、小アジアでの伝道から、聖霊に導かれて、ヨーロッパにわたります。ピリピの教会は、その時に出来た教会です。
新約聖書の中で、パウロの書いた教会への手紙、エペソ、ピリピ、コロサイ書は、「獄中書簡」と呼ばれます。おそらくパウロの晩年、ローマの獄につながれていた時に書かれたものでしょう。パウロが救われたのがAD30年代で、それから約30年伝道して、ローマの獄に入ります。そしてこれが書かれたのは、AD60年代の初めでしょう。
パウロの手紙の書き出しは、大体まずそれが自分からだと伝えます。これがどうも、古代の手紙の書き方だったようです。今朝のテキストは、第一節のみです。そこでパウロは、「キリスト・イエスのしもべであるパウロとテモテから、ピリピにいるキリスト・イエスにあるすべての聖徒たち、また監督と執事たちへ。」と書き出します。
他の教会に宛てた手紙を順番に見ますと、「ローマ」の場合、「パウロ」だけ、「1コリント」の場合、「パウロと、兄弟ソステネから」、「2コリント」の場合、「使徒パウロ、および兄弟テモテから」、「ガラテヤ」の場合、「パウロ」、「エペソ」の場合、「パウロから」、ピリピは今読んだとおり、「パウロとテモテから」、「コロサイ」の場合、「使徒パウロ、および兄弟テモテから」、「1テサロニケ」の場合、「パウロ、シルワノ、テモテから」、「2テサロニケ」の場合も、「パウロ、シルワノ、テモテから」となっています。
「1コリント」のソステネについては、会堂管理者のソステネ(使徒18:17)でしょうが、何故彼の名前が、ここにあるのか分かりません。しかし、意味がないわけがありませんので、パウロと一緒に名を連ねるのにふさわしい人だったのでしょう。
テサロニケの手紙で、二回シルワノが出てきますが、これはシラスのことです。彼は第二伝道旅行から、バルナバと交代しています。今朝注目したいのは、テモテです。一番名前が多く出てきます。
テモテは、「ピリピ」の他、「2コリント」「コロサイ」「1テサロニケ」「2テサロニケ」でも、入っています。ローマ書は、最初にはないですが、16:21には、「私の同労者テモテが、あなたがたによろしくと言っています」とあるように、彼が、パウロに深く関わっている様子が分かります。実際、テモテはパウロと一緒に宣教に活躍しました。
福音の宣教には後継者が必要です。
これは言うまでもありません。キリスト教宣教は、純正な後継者が、世紀を超えて、その福音を受け継いで、伝えてきたので、今日私達が、あの使徒の時代と同じような信仰を受け継いでいられるのです。
何故、今朝、この後継者というテーマでお話するかと申しますと、キャルスター神召教会は、後継者を考える時に来ていると思うからです。「権力の委譲」という言い方は、おかしいですが、後継者は、キャルスター神召教会の場合、そんなポンと変わって、また続けてやっていかれるなどというたやすいものではないと思います。
つい数年前まで、サンホゼのアッセンブリー教会の一つにも、
私達と同じような、イタリヤ人の移民の教会がありました。ところが、最近イタリヤ系移民の伝統を理解しない若いヨーロッパ系の人が、そこの牧師になりました。それがそもそもの間違いでした。このヨーロッパ系の若い牧師は、イタリヤ系一世達が苦労して献金して建てた教会を、売り払ってしまいました。場所が悪かったと言ってはいますが、私の思いでは、自分達に十分な給料を出すためだと思います。今は銀行にお金がありますから十分に給料をもらっていいですが、会堂はなくなり、借家で家賃を払ってやっています。会堂を売ったお金を使いきるのも、そう遠くないでしょう。サンホゼで、今会堂を持つことが、どれだけ大変か…、不動産が高いからです。
昔の人は、「石にかじりついてでも」という表現をいたしました。我々の世代くらいまでなら、このスピリットが分かると思いますが、どうも最近の若い献身者には、「石にかじりついても」のスピリットが不足しているように思います。パウロは、「福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。(新共同訳1コリ9:23)」と言いました。彼はガマリエルの門下の優秀な律法学者でしたが、ユダヤ人からから嫌われ、訴えられたりしても、尚テント張りをしつつ福音を伝えたのです。これは、「石にかじりついてでも」に似たスピリットでしょう。
召された者なら、「石にかじりついてでも」、先輩クリスチャンの残した遺産を広げようと思うでしょう。私ならそうするでしょう。それが出来ないとしても、少なくとも、その教会の現状を維持しようとするでしょう。だって借金があるわけではないのですから、楽なものです。
パウロが、テモテをどうみていたか?おそらくかなりの信頼をおいていたでしょう。しかも、テモテはおそらく20代くらいではなかったかと言われているように若かったのです。
後継者は、当然ですが、前任者より若いのが普通です。キャルスター神召教会の後継者に、私より若いからいいと言って、50代の人を入れることは賢明ではないでしょう。私はまだ59歳ですから、健康ならあと15年くらいはやれると思います。しかしその時になって、後継者を捜すのでは遅いのです。
パウロはこの獄中で、死を覚悟しています。いいえ当時のキリスト教世界なら、いつでも死の危険がありました。ですから、手紙の中でも、後継者と言ってはなんですが、信頼できる人物として紹介していたのでしょう。その一人、いいえ、かなり思い入れているのが、この若いテモテです。
若くなくては仕事が出来ないでしょう。私がサンホゼに来たのが36歳でしたが、若かったから出来たと思います。もっとも私は召しのスピリットは、最初に召しの声を聞いた20歳の時と同じで、全然衰えておりませんので、「もう一度やれるかと」と問われるなら、「勿論」と答えるでしょう。「石にかじりついてでも」やるでしょう。伝道者になって後悔したことはありませんし、これまでに、「伝道者を辞めよう」などとは、一度も思ったことはありません。
今のベネディクト16世は、着座されたのが80歳近かったですが、その前のヨハネ・パウロ二世は58歳と、20世紀のローマ教皇の中では、一番若かったですね。ですからあれだけの仕事が出来たと思います。
ローマ教会の場合は、組織がしっかりしているからいいですが、キャルスター神召教会のような教会は、我々が長い期間をかけて、育てて行くのが良いと思います。そうして一緒に伝道の苦労を共にすると、その人がどういうことを考えている人か分かるからです。
テモテは、パウロに信頼され、いくつかの教会に派遣されています。たとえば、使徒19:22には「そこで、自分に仕えている者の中からテモテとエラストのふたりをマケドニヤに送り出した」ととあります。つまりピリピにも行っているのです。 1コリ14:17 では、「そのために、私はあなたがたのところへテモテを送りました」とあるので、コリントにも行っています。1テサ3:2では、「私たちの兄弟であり、キリストの福音において神の同労者であるテモテを遣わしたのです」と、テサロニケにも行っています。
やっぱり、しばらく一緒に伝道しながら、権限を委譲するというパターンがよいと思います。
出来るなら、キャルスター神召教会で救われた人がいいですね。ただ私の悲しみは、いままで若い人たちが随分この教会を過ぎ去りましたが、誰一人として、伝道者としての召しに応えた人がいないことです。やっぱり、キャルスター神召教会の後継者になるには、日本の中央聖書神学校へ行かないとだめですね。
そうして、中央聖書神学校を卒業して、サンホゼに赴任してもらって、石原先生がやった後を、しっかりと受け継ぐ人になってもらいたいのです。「日本人なんかそう沢山救われないのだから、会堂なんていらない」と言って、売り払ってしまうような後継者では困るのです。
私が皆さんに、「どうぞ、○○先生を盛り立てて、前進してください。彼は、皆さん方にとって、祝福になるにちがいありません」というお勧めが出来るような、人を後継者に迎えたいのです。どうそ、皆さん、キャルスター神召教会の後継者のために、真剣に祈ってください。そして、パウロが、テモテを信頼しているように、「私パスター・エイブは、後継者○○先生をを、皆さ
んに紹介します」と言えるような、信頼できる献身者がキャルス
ター神召教会に現れるようにと期待しましょう。
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