お葬式説教
先月末、27日の夕方我が家にお住まいのTさんの息子のKさんが召されまし た。79歳という年齢は、まあ、寿命と言う風に受け入れられる年齢でしょう。し
かし彼は生前、超がつくヘビー・スモーカーで、肺がすっかり機能しなくなって おり、ここ数年は酸素ボンベを持っての生活でした。
二月に、最初にこの息子さんを見た時、102歳のお母さんより、この息子さん の方がケアーが必要に見えました。彼が、お母さんに会いにやって来た時などに
、イエス様の話をしましたが、KさんはUCバークレー出身のインテリで、なか なかまともには聞いてもらえませんでした。UCバークレーという大学は、『フ
ォレスト・ガンプ』などの映画を観れば分かるように、リベラルの象徴のような 大学で、キリスト教には遠い大学という感じがします。
それはそうとしてもKさんは四月には容態が悪くなり、一般病院に入院しま した。一般病院は回復の可能性のある患者はおいてくれますが、アメリカでは回
復の望みのない患者は、カンバレッセント・ホスピタルへ移されます。カンバレ ッセント(convalescent)などと言いますと、これは「回復期の」という意味で
すから、聞こえはいいですが、大体はホスピス・ケアーの患者の病院です。つま りカンバレッセント・ホスピタルは最後の病院です。
六月の初めに、Kさんはここに入りました。それから私とTさんはしばしば 、この病院を訪問しました。六月の半ばになって、彼は酸素ボンベをつけた中で 、悲しそうに私に「I wanna go, but I don't wanna tell about this to my mother, because it's too painful for her 。(もう逝きたい。でもこれをお母さんには告げたくないんだ、彼女にはあんま りにも辛いことだから」と言いました。私は、英語の聖書を持って行っていまし たから、ルカの福音書のイエス様の十字架の記事を読みました。そして私自身の 救いの証詞をしました。彼は私がクリスチャン家庭出身だと思っていたようです が、「いいえ、私の家はクリスチャン家庭ではありませんでした。今でも大きな 仏壇があります」といったら、ギョッとした様子でした。
私は、「I think you know well about this. You do not enough time to make a
decision to bebelieve Jesus.( あなたはこのことを良くご存知です。イエス様を信じる決断をするのに、もうあ んまり時間がないことを。)」と言ってから、「Do
you believe Jesus as your personal Savior? (イエス様をあなたの個人的な救い主として信じますか?)」と尋ねました。彼
は、しばらく考えていて、I'll think about it. (考えておく )」と言いまし た。「Kさん、何をためらっているのですか?イエス様を信じても、あなたは何
にも無くするわけじゃなりませんよ」とたたみみ掛けましたが、彼は最後まで、 「Yes, I believe.」と言いませんでした。 その後も、病院を訪問するたびにチャレンジしましたが、一度も、「Yes,
I believe. 」の告白は聞きませんでした。
そして6月27日、私の誕生日でしたが、病院から危篤状態に陥ったとの電話が あって、急いでかけつかましたが、病院へついて1時間もしなうちに召されました
。
最初遺族達は、火葬にしてゴールデンゲイトから、遺灰を撒くと言っていま したが、それを聞いたTさんは、やはり日本の母親ですから、とても悲しがりま した。亡くなってすぐに家族達が集り、遺言を持っていた甥っ子が、それを開き ました。そうしたらお葬式は、「どこででも、家族だけでなるべく簡単に済ませ よ」とありました。それで、Tさんに、「お葬式はありますよ」と説明してあげ ると、ホッとした様子でした。「私がやってあげましょうか?」と申し出ると、 「それはいい。お母さんは、あなた方の教会に行ってるのでしょう?」と一人の 甥っ子が言いました。それですんなり私達の教会で、お葬式をすることになった のです。
遺体は、ただちに火葬場が引き取りにきました。病院で使っていたシーツで 巻いて、遺体も病院で着ていた衣服そのまま。おそらくそのまま、火葬にするの でしょう。一番シンプル、お金のかからない方法です。それが遺言ですから、そ うしました。 日本なら、それぞれの窯の前で、最後の読教なり、祈祷があるあずですが、 こういう安いところは、火葬にする場所も見せませんし、遺族がそこへ行くこと も出来ません、しかも灰は7月22日以降でないと受け取れないということですから 、一体どうやって灰にしているのか分かったものではありません。みんなまとめ て、アウシュビッツのようにやるのかしらとさえ、かんぐってしまいます。もら った灰だって、果たして、本当に故人の灰かどうかしらと疑ってしまいます。 しかし、私がとやかく言うことではありませんから、結局葬儀は、記念会と いう形になりました。一人もクリスチャンはおりません。三人の甥っ子の奥様は 、皆はヨーロピアン・アメリカンですが、皆ノン・クリスチャンです。
私が、亡くなったKさんの最期を一番知っているのです。どういう説教にし ようかと考えました。常識的に言えば、彼が信仰者であったとは、言えないので
す。しかし集った、ヨーロピアン・アメリカンの婦人達は、「アンクルKは、も う酸素ボンベも要らない天国(heaven )に行ってるから、良かったね」と話して
いるのです。
やはり、「彼は遂に最後まで、信仰告白をしませんでした。ですから彼には 、天国の希望はないでしょう」とは、その場所におけるマナーとしても語るわけ
には参りませんでした。
そこで、こういう風に語りました。
「皆さん、この中では、Kさんの最後の一ヶ月については、私が一番良く知 っていると思います。」(事実、私と母親のTさん以外で、家族でお見舞いに来
たのは、各自一回で、一度もこなかった親族もいた。)「私はKさんに、聖書の 話をしました。しかし最初Kさんはノラりクラリとなかなか私の話に耳を傾けま
せんでした。しかし6月半ば、彼は「I''ll think about it.」と申しました。こ れは、素晴らしい前進だと思いました。それまでは、「I
don't think so.」だっ たからです」 皆さんニコニコして聞いていました。ケラケラと笑う人もいまし た。
「彼は、『考えておく』と言ったきり、その答えを亡くなるまで私には明か してくれませんでしたが、私は酸素ボンベを使っての苦しい呼吸の中で、主との 対話があったと信じたいのです。『ちょっと遅かったですが'今、分かりました。 主よ信じます』という対話があったと信じたいのです。死んだ後は、何もないと 皆さん思っているかも知れませんが、そうではありません。私達には、死んだ後 に天国が待っているのです。そこへ行くには、難しいことではありません。ただ イエス様を信じるだけです。ですからこれは福音なのです。
今、お読みしました中にも、一人の強盗は、死ぬ直前にイエス様を信じたの です。その時、イエス様はただちにこの強盗に、『まことに、あなたに告げます
。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます』と言われました。あれ だけ私の話を聞いてくれたのですから、きっと最後に主との対話があったと信じ
たいのです。私達が天国に行った時、きっと、『Kさん、やっぱりいたのですね 。良かった』と言えるのを期待しています。是非皆さんもイエス様を信じて、永
遠に生きる天国の希望を、頂いてください」
語る側としてはかなり苦しい説教でしたが、誰もクリスチャンはいませんで したし、聞く側には、あんまりシリアスには捉えられていない感じがしました。
そして、講壇から降りて遺族一人一人に手をおいて、主の慰めがあるように 祈りました。何しろ、家族以外で来た人は、二人だけでして、全部のために祈る ことが出来ました。この祈りには、皆さん感動した感じでした。 ピアニストがいなかったので、娘の夫のチャールズ君がピアノを弾いてくれ ました。「トーサン、僕がやろうか?」と言ってくれたとき、半信半疑でした。 彼はチェロが専門ですが、あんなにピアノが出来るとは思いませんでした。アメ リカは独立記念日の三連休で、なかなかピアノの出来る人を捜すのが大変でした が、彼が臨時であっても、うまくやってくれたので助かりました。 そして記念礼拝が終わると、何人かの親族が「簡素でしたが、とてもよいメ モリアル・サービスでした。有難うございます」と言われました。Kさんの、「 簡素に」という遺言通りでした。
Kさんが、一度でも「信じます」と言っていれば、もっと自信を持って、話 せたのですが、まあ、これが限界でしょう。しかし、これは事実ですが、「Kさ んは絶対に天国には行けない」とは、誰も断定できる人はいないということです 。ですから、ああいう話で、良かったのだろうと思います。
